生物兵器



 
  目の前の男は笑みを浮かべた。
 
  その笑みを見たジャック・スティーブンは苛立ちを感じた。
 
  男の笑みはどこか人を茶化している感じがある。
 
  「なあ、ジャック、この話は悪い話じゃない。」
 
  ああ、そうだろうな、何せ雇い主―しかもそれは政府―を裏切るのだからな。
 
  ジャックは内心、悪態を付いた。
 
  「そうだな、ケイン。」
 
  ケイン、ケイン・アルスはまた笑みを浮かべた。
 
  自分の抱える心配をこの男は分かっていないのだろうか?
 
  きっとそうだ。
 
  「さあ、行こう、ジャック。」
 
  ジャックは頷いた。
 
  さっさとこの仕事を終わらせよう。
 
  そうすればこのケインとも分かれられる。
 
 
 
  ジャックはケインを連れて自分の研究室に向かった。
 
  ケインは初めて動物園に来た子供のように周りを見ていた。
 
  馬鹿野郎が!目立つじゃないか!
 
  彼はケインの行動全てに腹を立てつつあった。
 
  ジャックはどうして自分がこうなったのか理解できなかった。
 
  いや、全ては自分が悪い。
 
  彼はそれを認めた。
 
 
 
  一介の研究者に過ぎない自分が事業に手を出して失敗した。
 
  最初は成功していた、だってそうだろう?
 
  失敗する見込みがあれば手なんか出さないさ、そう共同経営者が失踪するまで。
 
  事業に必要な大金を持って逃げた、今は南の島でも居るのだろう。
 
  彼は不愉快な現実を頭の隅に押しやった、後悔はまた次の機会にしよう。
 
  彼は研究室の前に立ち止まった。
 
 
 
  ケインはまるで従者のようにドアを開けた。
 
  「お帰りなさいませ、ご主人様。」
 
  彼はそう冗談を言った。
 
  ジャックは冷ややかにそれを見ていた。
 
  「嫌だな、ジャック、冗談だよ。」
 
  ケインはまたあの軽薄そうな笑みを浮かべた。
 
  「さっさと片付けよう。」
 
  ジャックはそう言うと機材の前に立った。
 
  ケインは機材の中を覗き込んだ。
 
  「これがリード7?」
 
  「ああ。」
 
  ジャックは機材のガラスの蓋を開けた。
 
 
 
  リード7は毒々しいほどの緑色の液体だった。
 
  ジャックはリード7の容器を取り出して目を細めて眺めた。
 
  リード7は自分とって子供のような存在だ、それも自慢したいほどの優秀な子だ。
 
  容器は片手で持てるほどの大きさのものが4つあった。
 
  「まさに最高傑作だ、そう最高傑作だ。」
 
  ケインはそれを眺めていた。
 
  「思ったより小さいな。」
 
  「ケイン、これだけで充分の威力を発揮できる。」
 
  ジャックは笑みを浮かべて言った、その笑みは自信に満ち満ちていた。
 
 
 
  「あなた達!何しているの!」
 
  ケインとジャックは入り口を見た。
 
  研究主任が立っていた。
 
  ジャックは彼女の顔を見た。
 
  いつもは魅力的な大きな目に恐怖が映っていた。
 
  「ジャック、隣の男は誰?」
 
  ジャックは神を呪った。
 
  その時、ケインはリード7の容器を主任に投げつけた。
 
 
 
  主任の直ぐ近くの壁に当たった容器は蓋が外れた。
 
  そして主任の方へリード7がぶち撒かれた。
 
  「きゃああ!」
 
  主任はリード7を浴びた、彼女の体から煙が出ていた。
 
  「ケイン!何をしてるんだ!」
 
  「これは毒なんだろう?だから投げた、3つあれば充分だ!」
 
  ジャックはケインを殴りたい衝動を抑えた。
 
  そして彼の手を握り研究室の入り口を目指し駆け出した。
 
  主任はもがき苦しんでいた、長い髪を振り回し転げまわっている。
 
  彼は「リード7」を踏まないように研究室を出た。
 
 
 
  「この馬鹿野郎!」
 
  ジャックはケインを睨んだ。
 
  「何だよ、あれを使ったから逃げ出せたんだぜ。」
 
  ジャックは呆れた。
 
  クライアントはこのトンマに何も知らせていない。
 
  「あれは生物を改造する薬品だ!」
 
  ケインは理解できなかった、ジャックは説明を始めた。
 
  「あれを生物の遺伝子に・・」
 
  研究室のドアが吹き飛んだ。
 
  二人はそれを呆然として見ていた。
 
 
 
  ドアから研究主任が出てきた。
 
  いや、そのなれの果てだろうとジャックは心の中で訂正した。
 
  主任はまるで生まれたばかりの子馬のようにぎこちない動きだった。
 
  長い髪が顔にかかり不気味さを感じさせた。
 
  ケインはパニック状態になった。
 
  主任は一歩一歩、こちらに向かっている。
 
  ケインはジャックからリード7の容器を奪った。
 
  そしてジャックを主任の方へ突き押した。
 
  ジャックは体勢を崩し主任にぶつかり二人は倒れた。
 
  ケインは廊下を走り出した。
 
 
 
  ジャックは主任を下敷きに倒れこんだ。
 
  彼は起き上がるとケインを追おうと走ろうとした。
 
  だが何かが体に圧し掛かった。
 
  主任が抱きついてきたのだ。
 
  彼は恐怖を感じた。
 
  主任がリード7の影響を受けているのは確かだ。
 
  主任に押し倒されたリードは主任の方を見た。
 
  彼女は笑みを浮かべていた。
 
 
 
  研究員に見せるいつもの笑顔だ。
 
  いつもと違うのは彼女の目が緑色に光っている点だ。
 
  「ジャック。」
 
  主任は彼の名を呼んだ。
 
  それは鼻にかかる甘い感じの声だ。
 
  こんな状態じゃなければジャックは喜んでいたろう。
 
  「ジャック、私はあなたが好きだったのよ、でも裏切った、悪い子。」
 
  「うああああ、主任、許してください。」
 
  ジャックは恐怖を感じて叫び出していた。
 
 
 
  ジャックが叫び声を主任はキスで塞いだ。
 
  驚愕しジャックは目を見開いた。
 
  だがジャックはあるものを感じた、甘い匂いを感じたのだ。
 
  匂いを感じるとジャックは頭が真っ白になるのを感じた。
 
  ジャックは主任の顔を見つめていた、それしかできないのだ。
 
  主任はキスを止めると笑みを浮かべた。
 
 
 
  その笑みが広がって行くのをジャックは見た。
 
  いや実際に広がっている、口の端が耳たぶの下までに達した。
 
  彼女は口を開けた、ジャックを飲み込めるほど広げたのだ。
 
  食べられるとジャックは感じた、しかし恐怖は感じなかった。
 
  ジャックは彼女に食べられるなら幸せだと感じた。
 
  頭の奥で何かがおかしいと感じていた。
 
  しかしあの匂いを嗅いでからどうでも良くなっていた。
 
 
 
  彼女は口を開ききるとジャックは幸せを感じた。
 
  そして彼は絶頂に達した。
 
  ジャックは射精したのだ、彼女に食べられる喜びで。
 
  何て自分は幸せ者なんだ!彼女に食べられて!
 
  甘い匂いが強くなった、どうやら口から匂ってくるようだ。
 
  彼はますますうれしくなった。
 
  下半身の自分の分身も喜んでおり痛いほど勃起していた。
 
 
 
  その頃、ケインは絶叫し走っていた。
 
  自分の仕事を忘れて人を探していたのに気づいた。
 
  だが人が居ない時を選んできたのだから誰も居るはずが無い。
 
  彼は落ち着き出した。
 
  そして絶叫を止め、走るのを止めた。
 
  すると、かすかな変化に気づいた。
 
  何か匂う、甘ったるい匂いだ。
 
  彼はその匂いを嗅いだ途端にもっと嗅ぎたいと思った。
 
 
 
  ケインが匂いに誘われて彼女の所に戻ってきた。
 
  その時、彼女はジャックを食べ切ろうとしていた。
 
  ケインはジャックに嫉妬を感じた。
 
  食べられるなんて羨ましい奴だ。
 
  彼女はケインを眺めて口を開いた。
 
  「服を脱いで。」
 
  ケインは喜んで服を脱ぎだした。
 
  すでに一物は勃起していた。
 
  彼女は口の周りのジャックの血を舌で舐めた。
 
 
 
  彼女はケインに跨った。
 
  彼女が腰を下ろすとケインは感嘆の声を漏らした。
 
  そしてすぐさま絶頂した。
 
  ケインは彼女の体中から甘い匂いがするのを感じた。
 
  「ああ、幸せだ・・・」
 
  ケインはそう呟いた、こうしているだけで満足なのだ。
 
  彼女は腰を上下に動かしていた。
 
  ケインはまた絶頂した。
 
 
 
  彼女の口から舌が長く伸びケインの顔を舐めた。
 
  舐められた部分が「ジュー」と音を立てる。
 
  顔が溶けているのだ。
 
  ケインは叫んだ。
 
  「ああああ・・・あんん。」
 
  快感の叫びを上げた。
 
  ケインは溶けた部分を彼女の長い舌が吸い取るのをうっとりと見ていた。
 
  そして彼女に食い込まれていた自分の一物も溶けていると感じた。
 
  ケインの全身に快感が走って行く。
 
 
 
  彼女の舌と膣から分泌される液体はケインの体を溶かし続ける。
 
  「ああ・・・なんて気持ちいいんだ。」
 
  「うれしい・・・」
 
  彼女は笑みを見せた、辛うじて残っていた右目でケインは笑顔を見た。
 
  顔の左半分からは頭蓋骨が見えていた、しかもそれも溶けつつある。
 
  だがケインは快感に身をよじった。
 
 
 
  十数時間後
 
 
 
  研究所所長と大佐は警備室で監視カメラの映像を見ていた。
 
  研究所の惨劇を見ていた。
 
  いや今の場面は淫行かなと大佐は皮肉げな笑みを浮かべた。
 
  「所長、すでに9人を食べましたな。」
 
  大佐は青ざめている所長を見た。
 
  出勤した所員が既に9人も犠牲になっている。
 
  今、10人目が彼女にレイプされながら食べられている。
 
  その後ろに3名ほどの所員が順番を待っていた。
 
 
 
  副官の大尉が無線を渡して来た。
 
  「大佐、突撃部隊の準備が整いました。」
 
  大佐は頷いた。
 
  「作戦開始だ。」
 
  化学兵器事故の処理と聞き防護服を持ってきて良かった。
 
  あの甘い匂いに理性を失われずに済む。
 
  大佐は監視カメラを眺め続けた、そして感心していた。
 
  なかなか威力のある兵器だ。
 
 
 
  あの化け物の女にかぶりつかれ様が溶かされ様が快感となるらしい。
 
  大佐は所長を見た、所長は青ざめた顔のまま監視カメラからの中継を見ていた。
 
  「あの匂いを実用化し兵士に投与できれば無敵の兵士になる。」
 
  所長は理解できないようで困惑した顔をしていた。
 
  やがて内容を理解した時、信じられないという顔をした。
 
  大佐は苛立ちを感じた。
 
  所長はここの責任者のくせに道義心があるらしい。
 
 
 
  所長の顔から大佐は目を逸らした。
 
  まあどうせこいつは今回の失敗の責任を負い極寒地で木を数える運命だ。
 
  今は自分のことで頭が一杯だろう。
 
  実は大佐も自分の理想で頭が一杯だった。
 
  どんなに傷ついても兵士は痛がる事無く任務を遂行する。
 
  だがこのままでは駄目だ、痛みが快感になっては意味が無い。
 
  彼は再び皮肉げな笑みを浮かべた。
 
 
 
  監視カメラの映像に防護服を着た数人の兵士が映った。
 
  兵士が発砲すると女を守ろうとして所員が盾になった。
 
  所員達の撃たれた所は吹き飛んだ、しかし顔には快感の表情が浮かんでいた。
 
  それも顔が残っている所員だけだが、一人以外は顔自体が吹き飛んでいた。
 
  「犠牲者達にとって唯一の救いは痛みを感じない事です。」
 
  所長はそう言って神に祈っていた、大佐はそれを聞きなるほどと頷いた。
 
  死にゆく戦友にモルヒネの代わりとして使用するのもありだと彼は思った。
 
 
 
  兵士が発砲を続けると女にようやく致命傷を与えたようだ。
 
  女は後ろに仰け反る様子が見て取れた。
 
  この兵器の可能性を大佐は頭の隅に封印した。
 
  どうせこの事故で封印だろう、軟弱な政府は臭いものに蓋をしたがる。
 
  なら最初からこんな施設も造らず、こんな開発もしなければいいのにと彼は思った。
 
  無線から作戦成功を知らせる声が響いた。
 
 

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