アルベルティーネの研究室


 

 「そもそも、そういうネット通販業者って信用できるの? 代金だけ取って、商品送ってこないとか?」

 「ってか、金だけ取って商品送ってこなかったら、完璧な詐欺ではないか」

 アルベルティーネは、やれやれと肩をすくめた。

 「いかに研究所が困窮しようが、詐欺の片棒を担ぐ気はないぞ。私が紹介したのは、ちゃんと信頼できるショップだ」

 「はぁ、そうなんですか」

 僕はいちおう納得した。こればっかりは、信用の問題だろう。

 

 戻る


 

 「個人情報の流失は大丈夫? アダルトグッズ買ったってのが実名入りで流出したら、目も当てられないんじゃ?」

 通販である以上、自分の住所氏名やクレジットカードを伝えなけばならない。

 ましてやアダルトグッズの購入、大いに腰が引けるのは当然だ。

 

 「杞の国の男が、天が落ちてくるのではないかと心配した話をしてやろうか?」

 アルベルティーネは微かな笑みを浮かべた。

 「このショップは、SSL128ビットセキュリティーサーバーを使用している。情報漏洩に関しては、全くの杞憂だな」

 「でも、安全性に完璧はないんでしょ?」

 僕はなおも食い下がる。

 「理屈の上ではその通り。世の中に完璧なものなどないが――」

 アルベルティーネは腕を組んだ。

 「そこまで言い出すと、一般の通販サイトや銀行の顧客データですら危ないからな。

  常識的な観点からいけば、ほぼ漏洩はありえない」

 「なるほど…… じゃあ、そのショップが意図的に顧客情報を売った場合は?」

 僕はなおも食い下がる。

 「そこらへんを言い出すと、もう信頼問題だが――

  最初から詐欺目当てならばともかく、アダルトショップを長い間続けていくならば客のプライバシーは最重要視するさ。

  誰だって、客の情報を気安く扱ってるようなところからオナホやローションなど買いたくないだろう」

 「確かにそうですね。信頼できないとみなされたら、アダルトショップとしては致命傷か」

 僕は素直に納得した。

 「その通り。だからこそ、ちゃんとしたアダルトショップってのは顧客情報の保護には神経質なまでに力を入れるものだ」

 アルベルティーネは、そう話を締めくくる。

 しかしこれは、あくまでしっかりしたアダルトショップの話。

 世の中には、そうでない業者も多いのだろうが――

 

 戻る


 

 「一度ネット通販で買ってしまうと、次から宣伝のメールが送られてきたりとかしない?」

 一度利用した通販ショップから、宣伝メールが送られてくるのはありがちな事。

 しかしそれがアダルトショップとなると、結構キツいものがある。

 まして、自宅に電話などもっての外だろう。そこまでされたら、もはや罪悪だ。

 

 「他のところは知らんが、私の紹介したショップは大丈夫だ」

 アルベルティーネは断言した。

 「取引を終えれば、それで話は終わり。向こうが弱音を握って、何か取引を持ちかけてくることもない。

  そして、かつての依頼人の前に姿を現すこともしない――当然、再度の依頼には温かく応じてくれるがな」

 僕は思わず、プロの暗殺者を連想してしまう。

 「――要は、後腐れのない恋人のようなものだ」

 アルベルティーネは、僕の連想とはまた異なった例えを持ち出した。

 いくらなんでも、もっと良い例えがあるだろうに……

 とにかく、ダイレクトメールの類はいっさい送られてこないって事か。

 

 戻る


 

 「商品が宅配された時、同居人にバレたりしない?」

 「ふむ、良い質問だ。これについてどう対処しているかで、ショップの信頼性が分かるな」

 そう言って、アルベルティーネは指示棒を軽く回した。

 「問題外なのが、包装に『アダルトグッズ』とか書いてある場合。こんなの、万死に値するな」

 「そりゃそうですね。僕だったら憤死します」

 僕は、アルベルティーネに大きく同意する。

 

 「では、これを見たまえ――」

 そんな彼女は、大きなダンボール箱を机の上にドンと置いた。

 「これが、私の紹介したショップの梱包だ。むろん、注文したモノによって大きさは異なるがな」

 「へぇ、これが……」

 僕は、その無地の白ダンボール箱を眺め回した。

 箱紙は非常に分厚く、しっかりとガムテープで止められている。

 どれだけ濡れようが、かなり衝撃を与えようが、内部は露見しそうにない。

 さらに箱には店の名前も何も書かれておらず、何の荷物か外見ではさっぱり分からないだろう。

 「小額で小さい商品でも完全梱包の箱で送られてくるから、アダルトグッズとは100%分かるまい」

 アルベルティーネは、そう断言した。

 

 「このステッカーは……?」

 そしてダンボールには、『壊れ物注意』のステッカーが貼ってある。

 さらに荷物伝票の部分には、『PCソフトウェア』と記載されていた。

 「それはカムフラージュだ。伝票は『雑貨』、『化粧品』、『PCソフトウェア』のどれかが選択できる」

 「なるほど、これだと中がアダルトグッズだって分かりませんね……」

 僕は感心しながら、再びその箱を眺め回した。

 「さらにカムフラージュとして『PCソフトウェア』を選んだ場合は、こんなステッカーが付いてくるんだ」

 アルベルティーネは、伝票の少し下の部分を指差す。

 そこには、こんな表記が記載されていた。

 

 『パソコン用精密機器 静電気、水、衝撃注意!!
  開封時の不注意による破損は返品できません。機器に精通されている方の開封を求む』とある。

 

 「なるほど…… これなら、同居人がうっかり開けてしまう心配もいりませんね」

 「その通り。さらに、指定時間帯配達など当たり前だ。いつ届くかビクビクする心配もいらないな。

  おまけに対応も凄まじく早く、毎日14:00までの注文品は当日に出荷してくれるぞ」

 「指定すれば、翌日には届くって事ですね」

 僕は感心した。いつ届くか怯えながら、家に張り付いている必要もないという事か。

 「さらにこのショップは、配達業者にも『パソコン器具、雑貨、化粧品販売店』として登録されている。

  宅配のお兄さんすら、アダルトグッズだとは気付いていないのだ」

 「なんか、念が入り過ぎですね。そこまで行くと、美味い話過ぎて不安になるなぁ……」

 「だから、業界でも最優良クラスのショップなんだって。私のお勧めなんだぞ? 妙なところを勧める訳がなかろうが」

 アルベルティーネは、そう言って話を締め括った。

 

 戻る


特設ページに戻る