悪堕ち科学者


  

 ***西暦2048年6月21日

  

 ビジターとの戦争が始まって、もう17年もの歳月が流れた。

  

 17年の間、人類は異星人と戦い続けているということだ。

 その結果、人類の文明は荒廃した――などということは、今のところ起きていない。

 少なくとも私は朝7時に起床し、朝食を取って8時にマンションを出る。

 そして8時半に職場へ到着、9時に仕事を始める――

 そのような毎日をこなせる程度には、まだ秩序が維持されていた。

  

 本州の都市が攻撃を受けたのは、2031年のビジター到来から数年の間のみ。

 それ以後、戦場は北海道へと移っている。

 そこから現在に至るまで、戦線は膠着したままだった。

 ゆえに前線から離れた地域では、さほど戦争の影響は大きくない。

 食料品や燃料の値上げは続いているが、秩序が揺らぐほどではなかった。

 最も大きな影響は、成人男性の多くに数年の徴兵期間が課されたということだ。

 徴兵を拒否することもできるが、その場合は公的機関で「労働」を行わねばならない。

 なお私は、徴兵を免除されている身である。

 なぜなら、軍の主導する「異星生物研究所」の研究員であるからだ。

  

 「おはようございます、須山博士」

 「ああ、おはよう」

 研究所に出勤した私は、いつものように警備員の愛想良い挨拶に迎えられた。

 今日、デボラ検出用のゲートチェックをしているのは警備員の仲原。

 彼と私は懇意にしており、友人といっても良い。

 また他の警備員達も皆、私に良く尽くしてくれている。

 私は20代後半の若輩でありながら、この研究所を取り仕切っているといっても良い。

 所長室に閉じこもって出てこない所長の代役も、きっちりと務め上げているのだ。

  

 「では博士、ゲートチェックを……はい、異常なしです」

 「ああ、いつもすまないね」

 私はデボラ検出用のアーチをくぐり、仲原に愛想笑いを浮かべた。

 異常などあるはずもない、デボラは男性には寄生しないのだ。

 つまり科学的事実を無視して実行される、まるで無駄なお役所仕事なのである。

 こうして私はロビーを抜け、こつこつと靴音を響かせながら廊下を進んだ。

 すれ違う警備員や同僚、そして私よりも年上の研究者達が頭を下げてくる。

 私は傲慢に見えず、かといって卑屈でもない態度を意識しながら挨拶を返していた。

 そして私は、今日も仕事場へと辿り着いたのである。

 研究員用個人ラボ――私の聖域へと。

  

 この研究施設での実験および研究は、いずれも個人単位で行われている。

 量子コンピュータや研究補助AIが実用化した現在、「研究チーム」という体制も過去のものとなった。

 全ての研究は個人レベルで進み、その成果も責任も各研究者の才覚次第となる。

 かつての地獄のようなブラック研究室を体験した老人世代からすれば、天国のような職場だとか。

 そして当然、私のような「よこしまな」動機を持った研究者にしても理想的な環境なのだ――

  

 ラボに入ると、まずBGMを選ぶ。

 シューベルトかモーツァルトかで迷ったが、今日はモーツァルトにしよう。

 リリー・クラウスの演奏するピアノソナタ全集、1枚目のディスクをセットする。

 ディスク4枚分を2巡する頃、ちょうど本日の業務は終わるだろう。

 まず手を着けたのは、面倒かつ退屈な書類仕事だった。

 ここでのし上がるには、何よりもまず成果のアピールが肝心なのだ。

 私の務める「異星生物研究所」は、軍が主導するデボラ研究機関である。

 他の研究機関として、軍の兵器開発部署による「対敵性生物装備課」。

 また警察庁には「デボラ対策局研究課」、厚生省には「特定危険生物対策局」。

 省庁間の熾烈な縄張り争いの末、デボラ研究機関は国内に4つも存在することとなった。

 そして例によって、国のお偉いさんは研究に対する常見のようなものが皆無。

 この「敵性生物研究部」にしても、トップは法務部出の天下り官僚なのである。

 彼らに研究(特に基礎研究分野)を評価する能力はなく――

 提出する報告書の書面がいかに形式に則っているかが主要な判断材料なのだ。

  

 「『ここで判明した事実は、この戦争に人類が打ち勝つための一助になるだろう』――と」

 数十分で、私は報告書を書き終えた。

 科学の分野では決して許容されない記述形式、「だろう」で締めくくる研究報告。

 科学的には落第点だろうと、政治的にはこれで良い。

 ナントカ戦略会議やナントカ定例報告で、そのまま読める文面なのが望ましい。

 なんでもないような内容を、お役所的美文で飾りつつ、さも有益なようにアピールする。

 政治家や軍幹部に向けて、予算と天下り用の椅子をうまく転がせるように。

 そうした官僚主義的駆け引きも、私は得意な方だった。

  

 書類仕事を終えた私は、厚生省の鈴岡に電話する。

 頼みが1件、根回しが1件、そしてプライベートの誘いが1件。

 彼は厚生省の若手ホープであり、予算編成にも関わるほどの出世頭。

 非常に理知的な人物であり、私とは「趣味」の合う友人でもある。

 これまでに、この研究所で何度も鈴岡を「歓待」していた。

 「これは……モーツァルトのピアノソナタ第5番ですね」

 電話口から微かに漏れ伝わる音で、鈴岡は流している音楽を看破する。

 彼は、モーツァルトのピアノソナタならジョアン・ピリスの演奏が好みだという。

 用件を済ませた後、私と鈴岡は軽い雑談を交わし、電話を切った。

 来週――6月28日、大きな「催し」に誘うことも忘れなかった。

 懇意にしている雑誌記者、荻野も誘おうかと思っていたが――

 あいにく彼は、取材でメキシコにいるとのことだった。

  

 「さて、研究を始めるか……」

 書類を書き終わり、業務連絡を終え――ようやく、研究者の本分だ。

 この研究室には、強化ガラスで隔てられた実験生物用の実験房が隣接している。

 その中で静かにたたずみ、ずっとこちらを見据えている1人の女性。

 ただしその下半身は、デボラの寄生により蛇そのものの形状と化している。

 またその背中には、コウモリのような大きな羽根が発現していた。

 まるで理性を感じない、虚ろな目でじっとこっちを見ている――

 「もう用事は終わったよ……始めようか、メリュジーヌ」

 私は彼女に、そう語りかけた。

  

  

  

  

  

 ***西暦2032年6月15日

  

 原体験など、思い返す必要もないほど明らかだった。

 16年前のあの日、ビジターが出現してからちょうど1年が経った混乱期。

 少年だった自分は、父方の田舎に疎開していた。

 まだ戦線が北海道に移る前で、各都市は常に攻撃の危機に晒されていたのだ。

 (結局、危機は晒されていたものの、実際の攻撃はほとんどなかった)

 退屈な日々に飽き、田舎の野山を駆けていた時――

 私は、初めてデボラ寄生体を目にしたのである。

  

 「なんだ、こいつ……?」

 それは、握り拳二つを並べたほどの大きさだった。

 ナメクジのようなイモムシのような風態に、少年の頃の私は目を丸くする。

 ぬらぬらした軟体生物特有の皮膚感は、まさしくナメクジそのもの。

 しかし地面をゆっくり這うような動作は、どこかイモムシに似ていた。

 この生物には目も鼻もなく、頭部にはただ大きな口があるだけ。

 「こんな変な虫、見たことないや……」

 デボラのことを何も知らなかった私は、その前にかがみこんでまじまじと眺めていた。

 ビジターの円盤から撒き散らされた、デボラと呼ばれる正体不明の寄生体――

 それが都市部から田舎にまで広がっていったことを、当時の私は知らなかった。

 目の前にいるのは異星の生物だと、知る由もなかったのだ。

  

 「こいつ、何を食べるのかな……」

 まじまじと眺める私の前で、デボラは初めて動きを見せた。

 その奇怪な生き物は、私に対して頭をもたげ――

 そして、ぐちゅっ……と口を広げたのだ。

 口内粘膜に、びっしりと備わった無数のヒダ。

 粘液がどっぷりと滴り、口内で糸を引いている。

 「なに、これ……?」

 私は思わず唾を飲み、その口腔に目が吸い寄せられた。

 腰の奥が妖しく疼き、ペニスが固さを増していくのが感じ取れた。

 デボラ寄生体も、男の生殖欲を促進させるフェロモンを放つ――

 それを知ったのは、後のことだった。

  

 当時の私に、性知識は少なかった。

 射精も知識では知っていたが、まだ体験したことはなかった。

 おそるおそる、自分の小さな性器を手で弄ったことはあるが――

 快感の前触れのような疼きを感じただけで、射精には至らなかった。

 だが、今は――

  

 未知の軟体生物の、妖しくうねる口腔。

 そこに、自分のモノを挿れてみたくなった。

 私は慌ててズボンを脱ぎ、下着を下ろす。

 そのまましゃがみこむと、デボラを掴み上げ――

 そして、自らの下腹へと置いた。

 後は、デボラが自分でやってくれた。

  

 デボラは陰茎を見定めると、口を近付け――

 じゅぶぶっ……と、一気に咥え込んだ。

 少年の小さなペニスは、たちまち口腔の奥まで達した。

 そして私の頭の中は、初めて味わう快感で真っ白になった。

  

 じゅぶじゅぶ、ぐちゅぐちゅと収縮する内壁。

 無数のヒダがにゅるにゅるとうねり、亀頭からサオまでを嫐り尽くす。

 未精通のペニスが受けるには、残酷すぎるほどの快楽刺激だった。

 まるで、ペニスが溶かされているかのようだ――

 「あ……おぉ……あ……」

 言葉にならないうめき声が、私の口から漏れる。

 もはや、感じている快楽に頭が追いついていない。

 じゅぼじゅぼと吸い付かれ、狂おしい疼きがこみ上げた。

 ペニスが不意に、びくんびくんと未知の脈動を始め――

 「ああぁぁぁぁ〜〜!」

 異常なまでの快感と共に、精液が発射された。

 デボラの口腔内で、精通を迎えてしまったのだ。

 初めて放出された精液は、全てデボラに貪られてしまった。

 人生初の射精を体験しながら、私はよだれさえ垂れ流して快楽を満喫したのである――

  

 デボラの口腔内で、男の機能が目覚めてしまった。

 初めての精液をデボラに捧げ、餌として貪られてしまった。

 私は行為の意味さえ知らぬまま、強烈な背徳感を味わっていた。

 後の人生を一変させるほどの快楽と背徳を、私は知ってしまったのだ――

  

  

  

 それから私は、逃げるように家へと帰った。

 背徳感の重さに耐えかね、頭から布団を被って震えるように眠った。

 しかし、あの時の快楽は忘れられなかった。

 あの強烈な快感をまた味わいたいと煩悶し、それを求めた。

 あれから何度も山に入り、あの時の生物――当時は名を知らなかったデボラを探す。

 しかしあの山でデボラを見かけたのは、あれが最初で最後だった。

 それから数週間後、近隣でデボラに寄生された女性が駆除される事件があった。

 もしかしたら、私の精を啜ったデボラの寄生後の姿だったのかもしれない――

  

 ともかく、この一件は私の人生を変えた。

 今まで知らなかった、そして知ってはいけない快楽を知ってしまった。

 デボラのことを調べるため、書店(開戦後の数年、ネット通販は規制されていた)で関連書籍を購入。

 一般用の注意啓発書から専門書まで、目に付く限り買い漁って読破した。

 さらに、世界各地でデボラが起こした事件を猥雑に扱った低俗安価本まで読み尽くした。

 曰く、デボラはビジターが投下した生物兵器のようなものである。

 予告なく世界の主要都市に到来したビジターの円盤群は、無数のデボラを地上へと投下。

 その目的は、開戦から17年経った現在でさえ不明のままである。

  

 ともかくデボラは寄生生物であり、様々な他種の体内に潜り込んで寄生する。

 規制対象の種は問わず、人間を含めた哺乳類から、両生爬虫類、魚類、昆虫に至るまで広範囲である。

 植物に寄生する例も多く見られるが、菌類や細菌、ウィルスにはサイズ的に寄生できないようだ。

 そして寄生の際には宿主の体細胞と同化、遺伝子レベルで浸食を起こす。

 なお寄生される対象は必ず雌生体で、雄生体は寄生対象とならない。

 ただし雌雄同体の生物は、雌とみなされ寄生される。

 なお寄生前のデボラも、男性を襲い生殖器から精液を摂取することがある――

 ――それは、私が身をもって体験した通りだ。

  

 大抵の場合、寄生された生物は繁殖欲のみの怪物となり、同種もしくは異種の雄を襲う。

 まず雄の精液を摂取するが、食事後の行動は宿主の生物により異なる。

 雄を捕食してしまう個体もいれば、興味を失い逃がす個体もおり、中には意味なく嫐り殺す例もある。

 そして奇妙なのは、デボラの二次寄生や三次寄生が行われるということだ。

 例えば、デボラがイソギンチャクに寄生したとしよう。

 そうすると、雄の精液を求めるイソギンチャク発現型デボラとなる。

 このデボラが、さらに別の生物の雌へと寄生することがあるのだ。

 実際にあった例として、このイソギンチャク発現型デボラが、カモメに二次寄生。

 そうすると、このカモメ発現型デボラには一次寄生の対象であるイソギンチャクの特質も含まれるのだ。

 つまり、カモメとイソギンチャクが混じった異形の怪物になってしまう。

 さらにこの二次寄生体が、人間女性に三次寄生した――そんなケースもあったのである。

 この多重発現型デボラは、飛べこそしないものの翼を持ち、イソギンチャク型の器官と無数の触手を備えていた。

 女と鳥とイソギンチャクが無茶苦茶に混じり合い、男の精液を求める異形。

 ビジターとの戦争以来、そんな怪物が各地に出現するということになったのだ。

 もっとも大半のデボラは知性が低く、軍用の火器を用いれば駆除はそう難しくない。

 それでもビジターとの戦争の真っ最中とあっては、なかなか内地まで手が回らないことも多かった。

 ましてデボラは散発的に発生するため、どうしても対策は後手に回る。

 結果的に、世界各地でデボラが人間男性を襲う事件が多発することとなったのである。

  

 「男を襲い、精液を摂取する――」

 デボラの解説には必ず登場するこの一文が、私の心を何度もときめかせた。

 あの山で体験したことを思い出しながら、幾度も妄想に耽った。

 そして、特に私の妄想を滾らせたのは、デボラが世界中で起こした事件だった。

 「デボラ怪奇事件ファイル」や「淫乱生物デボラ事典」といった、学術的アプローチとは程遠い本。

 または質の低い週刊誌の、猥褻さを前面に押し出したデボラ事件記事。

 しかしそこで紹介されているデボラ事件のおどろおどろしい事例が、何よりも私の心を惹いた。

  

 37人の男を捕らえ、精を搾り尽くした上で捕食した「クルスクの女王蜘蛛」。

 捕獲された男は少なくとも1ヶ月は生かされ、粘糸の繭でくるまれたまま精を搾られ続けたという。

 また中国四川省に現れた、通常「蛇仙女」。

 蛇の特質を発現させたデボラが村に潜み、16人の男を犯しては絞め殺している。

 さらに世界を震撼させたのが、ウェストミンスターの教会で起きた「ウェストミンスター聖女事件」。

 デボラ化したシスターが、正体を悟られないままに教会に潜伏。

 全身に発現した無数の触手を用い、2年の間に75人もの男を捕食していたのである。

 犠牲者に無垢な少年が多かったのも、この事件の痛ましい(そして興奮する)点だった。

 他にも「ディープスローター」や「ヴェネツィアの庭師」、「ベイビーフェイス」、「メコンの食人植物」……

 様々なデボラ寄生体が世界各地で事件を起こし、センセーションを巻き起こした。

 少数ながら知性を残したデボラは、巧みに捕食行動を隠蔽するため、犠牲が大規模に及ぶのだ。

 彼女達はいずれも駆除部隊によって捕獲され、研究施設に隔離されているらしい――

  

 自分が彼女達の餌食になるところを妄想し、数え切れないほど自慰に浸った。

 デボラに襲われ、自分の男性器が人外の生殖器に包み込まれ、精を搾られる――

 それを想像しながら、何度も何度も己の手で果てた。

 しかし、それでも満たされることはなかった。

 デボラに襲われ、犠牲になった男達が羨ましかった。

 自分も、出来るものならそんな目に遭ってみたくてたまらない。

 デボラに襲われる夢を何度も見て、そのたびに夢精した。

 デボラが駆除もしくは捕獲された場所には、他にいないか何度も足を運んだ。

 しかし、いかにビジターが多くのデボラを投下したとはいえ、そう簡単には遭遇できない。

 そして私は、合法的にデボラと接触できる道を模索するようになった。

 こうして私は、生物学者の道を志すこととなる。

 デボラの研究者となり、あの快楽を再び味わうという背徳の欲望を胸に秘め――

  

 元より、勉学は非常に得意だった。

 さらに、デボラに対する深い熱望が目的意識に繋がった。

 特定水準を上回る成績を示した私は、飛び級により15歳で大学に入学。

 その頃にはビジターとの戦争も苛烈になっていたが、兵役も免除された。

 在籍した研究室で、いくつかの論文(主にデボラのプライマーフェロモンに関するものだ)が着目される。

 何より私は、自分を売り込み、他人に気に入られ、評価されることに長けていた。

 その点において、天才的であったといっても良い。

 こうして私は19歳で大学を卒業、晴れて軍が主導する「異星生物研究所」の研究員となった。

 (なお戦時下の特別措置で、軍の研究施設に所属しながら博士課程を受けられる)

 そこで私は、生まれて初めて女性に寄生したデボラを目にすることとなったのである――

  

  

  

 ***西暦2039年4月6日

  

 「君が須山君だね……よろしく」

 「よろしくお願いします、イール博士」

 私は、この研究室で上司となる人物と握手を交わした。

 ハンス・H・イール――この分野で、著名かつ権威ある研究者である。

 専門は群集生態学だが、分子生物学的手法によるアプローチで名を馳せた。

 ゆえに遺伝子工学にも造詣が深く、デボラ研究においても学会の第一人者である。

 特に「デボラは地球生物である」という独自の見解を発表したことはあまりに有名。

 学会ばかりか、一般大衆にまでセンセーションを巻き起こしたことは記憶に新しい。

 なお彼の故郷であるデトロイトは、ビジターの攻撃で壊滅。

 異星生物に憎悪を燃やし、その根絶のため軍の研究部に身を寄せたという来歴がある。

 この個人研究主流の時代に、私という助手を求めたのは――

 研究補助AIやらの存在が、どうしても馴染めないからとか。

 また後で聞いたが、私の才能に着目し、手元で育ててみたくなったらしい。

 まったく彼も、とんだ人物を知らずに招き入れてしまったものだ。

  

 「デボラが地球生物というのは、イール博士の持論だとうかがっていますが……」

 「だって、そうとしか考えられんだろう」

 自己紹介を交わした後の軽い雑談で、イール博士は言った。

 「連中からはDNAが検出されている。つまり、遺伝コードが地球生物と同じなんだ。

  また使用しているアミノ酸も20種類、地球の生物と重複している。

  さらに、左手型のアミノ酸に右手型のリボース……これが地球起源でなくて、何なんだね?」

 これまでの研究で、デボラはDNAを基盤とする生物であることが判明している。

 つまり、地球の生物と同じ規格品によって作られているということだ。

 だからといって、デボラが地球生まれだと考えるのは踏み込み過ぎに思える。

 「でも……宇宙生物学の権威であるボースト博士はおっしゃってましたよね。

  地球外生命体が存在しても、炭素ベースである可能性が高く、化学的性質は地球の生物に似る……と」

 「そうは言っても、似すぎだよ」

 鼻を鳴らし、博士はそう吐き捨てた。

 そう言えば、ボースト博士は彼の論敵だ――失言だったか。

 イール博士に気分を害した様子はないため、私は密かに胸を撫で下ろした。

 「デボラが地球起源なのは間違いないと私は確信しているよ。

  だとすれば、ビジターが地球の生物を遺伝子操作して生み出したのか……

  もしそうならば、なぜそんなことをする必要がある?」

 「さあ、ビジターの意図までは……」

 仮説を論拠に仮説を重ねても、仕方がない。

 ビジターが何のため地球を訪れ、なぜ攻撃を仕掛けたか――

 そして、何の目的でデボラをばら撒いたのか――

 この戦争も長いが、何一つとして判明していないのだ。

  

 「まあ、議論は後にしよう。そろそろ食事の時間だ……デボラのね」

 イール博士は、たどたどしい手つきで手元のコンソールを操作した。

 その指使いから、一見して機械操作が不得手なのが見て取れる。

 遺伝子工学は様々な機器を扱うというのに、これで大丈夫なのだろうか――

 ――などと、首を傾げる余裕などなかった。

 ついに生のデボラが、私の前に姿を見せたのだ――

  

 「これが……デボラ……」

 トラックの激突でも破れない、強固な複合ガラス。

 それで隔てられた実験房に、人外かつ異形の存在――デボラはいた。

 「そうか、君は初めて見るんだったな。

  おぞましいだろう……まさに、禁忌にして背徳の生物だ。

  なぜ神は、こんな忌まわしい存在を許されているのか……」

 嫌悪の表情と共に、イール博士は溜息を吐く。

 彼は科学者でありながら、熱心なカトリックでもあるのだ。

 だが、今の私は彼の言葉など聞き流し――ただ、眼前のデボラに魅入られていた。

 ずっと求め、恋い焦がれていた存在が、目の前にいるのだ。

 その両太股から下からは、蛸のような触手が何本も生えていた。

 また左肘から下も触手と化し、無数に枝分かれしている。

 その姿は、さながらギリシャ神話のスキュラのようだ。

 「このデボラは、三種混合体だね。マダコとミズクラゲの遺伝子を取り込んでいる。

  だがクラゲの方はDNAが検出されたにもかかわらず、発現には至っていないようだ」

 デボラに意識を奪われている私に対し、イール博士は言った。

 「この研究所での管理番号は、デボラUM057。

  アメリカ、バージニア州の女性で年齢は20代前半らしいが……それ以上のデータはない。

  プライバシーに関する配慮だとか。こうなってしまえばプライバシーもないのにな」

 「はい、そうですね……」

 デボラに視線を奪われた私は、明らかな生返事を返していた。

 だがイール博士は、私の様子を研究対象への情熱と受け取ったようだ。

 「ずいぶん、そのデボラに興味があるようだね。では、少し触れてみるかな?」

 「え……?」

 デボラ寄生体を、直に触る――?

 私達のいる実験室と、デボラのいる実験房は強化ガラスで隔てられている。

 そのガラスには、こちらの部屋から実験房に通じるグローブボックスが備わっていた。

 しかも本来あるはずのグローブは取り外され、ただの開閉式の穴となっている。

 「君も知ってるだろう、デボラの免疫能力は極めて高い。

  持っている菌やウィルスも、人間とほぼ同一なんだ。

  わけのわからんモノに感染される危険がないのは、世界中の研究機関で確認済みだよ」

 「で、でも……いいんですか?」

 かと言って、グローブを外してしまうのは大胆に過ぎる。

 管理上も、大いに問題があるだろう。

 イール博士は天才的な人物だが、かたや非常にルーズな一面も持っていることを知った。

 「それに、身体的な危険はないのですか?

  向こうから腕を掴まれて、引き込まれたり――」

 「デボラUM057は大人しい奴だし、それでなくとも制御ガス漬けだ。

  危険はない、私が保証しよう」

 「分かりました……では、お願いします」

 イール博士の保証は、正直怪しいものだった。

 しかし、デボラに生で触れられる――そんな機会を、逃すわけにはいかない。

 「そう、それでいいんだ……研究者たるもの、まず対象を触って確かめなければ。

  私だって若輩の頃は、指導教授に命じられて牛の肛門にまで――」

 ぶつぶつ言いながら、博士はコンソールを操作する。

 するとデボラは、ふらふらと動き出し――

 ガラスの正面に立ち、私達と向き合う形となった。

 「制御ガスを使うことで、デボラの動きを誘導……

  いや、説明はいらんな。君の大学での研究分野だったか」

 「はい……卒業論文も、フェロモンを含んだガスによるデボラの行動抑制に関してでした」

 現在使用されているデボラの制御ガスは、ある種のフェロモンを含んだもの。

 デボラを休眠に近い状態にできるほか、特定の場所に誘導したりも可能なのである。

  

 「ああそうだ、実験房の中は様々な手段でモニターできるぞ。

  こんな風に、中身までスキャンして見られるんだ」

 イール博士がたどたどしくキーボードを操作すると――

 大型ディスプレイに、目の前にいるデボラの断層映像が映った。

 博士はやや頼りない動作でキーボードを操作し、角度を調整する。

 すると断面図は、ちょうど縦に両断したような形となった。

 上半身は人間そのものだが、異形と化した下半身がよく観察できる。

 デボラの中身まで見られるのは、ずいぶんエロティックだ。

 「断層スキャンのほか、様々なモニターができるぞ。

  しかも操作は大して難しくないそうだ……私は同意できんがね。

  まあ若い君なら、数時間で習得できるだろう」

 「はい……」

 数時間どころか、横から見ているだけでもだいたい操作方法は理解した。

 これより数段古い型だが、大学の研究室でも似た機器を使ったことがあったのだ。

  

 「では、デボラに触れてみたまえ。指で知るというのが、研究の第一歩だ」

 「はい、分かりました……」

 言われるがまま、私はグローブのないグローブボックス――

 つまりは、ただの穴に右手を差し入れた。

 デボラは正面に立っているため、私の手は彼女の太股あたりに触れる。

 ちょうど、人間の体と蛸状の触手の境界あたりだった。

 人間の肌は柔らかで温かく、一方で蛸の粘膜はぬめっておりやや冷たい――

 「なるほど、境界部分はこんなふうに……」

 それっぽいことを言いながらも、私はデボラに触れた感動にわなないた。

 特別な感情を持っていないような動きを意識しながら、ゆっくりとデボラの腰を撫でる。

 そして、私の手はデボラの下腹部――生殖器のところで止まった。

 「やはり、そこが気になるかね?」

 「…………」

 大丈夫、イール博士に怪しまれてはいない。

 未知の生物の生殖器に関心を示すのは、科学者としてはごく自然なことなのだ。

 もちろん関心の意味が、私にとっては大きく違うのだが――

  

 「では須山君、生殖器の中に指を入れてみたまえ」

 「は、はい……」

 私はその穴に、人差し指を挿入しようとする――

 その前に、膣内から触手がにゅるりと這い出てきた。

 蛸足とほぼ同じ形をした触手が三本、指を絡め取ってくる。

 まるで、不用意に近付いてきた獲物を捕らえたかのようだ。

 そのまま人差し指は、触手によって膣内に引き込まれていった――

 「こ、これは……!?」

 「驚いたかね? さながら捕食だろう」

 「な、中が……」

 膣内で、蛸足触手がうねっているのが感じ取れた。

 触手は指を螺旋状に巻き上げ、奥へ奥へと引き込みながら締め付ける。

 指が根元まで膣内に入っても、引き込むのをやめなかった。

 膣内は熱く、狭く、そして柔らかい。

 そんな中を自在に蠢く触手が、侵入物を締めつけているのだ――

 「デボラの生殖器官は、侵入物に大して激しく反応する」

 「は、はい……」

 不意に、指の先端にじゅるじゅるとうねる感覚が増した。

 複数の触手が先端部に密集し、のたうち回るように蠢いているのだ。

 これが男性器ならば、亀頭にあたる部分――そこに集中する、あまりにも艶めかしい刺激。

 ここに挿入しているのが、指ではなく自分のペニスだったら――

 「どうだ、分かったかね……

  おそらく、オスの射精を誘発する動作なのだろうな」

 「はい……」

 私は動揺を抑えながら、デボラの膣から指を抜いた。

 イール博士がここにいなかったら、もっと長く指を入れていただろう。

 いや、指以外のモノも入れていたはずだ。

 自分の男性器で、この人外の生殖器を体験したい――

 そんな欲望が、胸と股間に渦巻くのを感じていた。

  

 「さあ、デボラUM057に『エサ』を与えるとしよう。君も後学のため、見ておくかね?」

 イール博士はそう言った後、露骨に眉を寄せた。

 「あんな汚らわしいもの、私は見る気などせんがね。こればっかりは、無理強いはせんよ」

 汚らわしいもの――それこそ、私がずっと胸に秘めてきたものだった。

 またひとつ、ここで機会が巡ってきたのだ。

 「研究のため、拝見させて頂きます」

 「そうか、君は研究熱心だな……それじゃあ、私は食堂にでも行っているよ」

 イール博士は、手元のコンソールを操作した後――足早に、研究室を後にした。

 どうやら彼は、この後の光景をよほど見たくないのだろう。

 それをおぞましく感じるのが、普通の感覚なのだ――

  

 実験房の奥にある頑丈な扉が、ゆっくりと開く。

 そこから出て来たのは、裸にされた男性――明らかに私よりも年下の青年だ。

 彼は不安そうな面持ちで、周囲を見回している。

 間違いなく、彼は兵役拒否者。

 兵役の免除と引き替えに、研究施設への無償労働を義務づけられたのだろう。

 そして今、(彼にすれば)おぞましい人外に供せられようとしているのだ――

 施設での労働という名目で、デボラの研究に兵役拒否者がモルモットとして使われている。

 戦争もずいぶん長い、人間は狂っていくものだ。

 「ひっ……!」

 次の瞬間、青年の顔は恐怖に染まった。

 同じ部屋にたたずむ、触手型デボラの異形を目にしたのだ。

 そして獲物を見定めたデボラは、ゆっくりと男に近付いていく。

 当然ながら、彼に逃げ場などない――

  

 両足の触手が、たちまち青年の体を巻き上げた、

 そして、のしかかるように動きを封じていく。

 「助けて……! あぁぁぁ〜!!」

 青年の、恐怖に満ちた叫び声が響いた。

 同時に、ペニスがみるみる大きくなっていく。

 デボラの体臭には、男の生殖欲を促す未知のフェロモンが含まれているのだ。

 そしてデボラが食事または生殖を行う際、フェロモンの分泌量は増えるという。

 それを吸い込んでしまえば、恐怖におののく男さえ繁殖欲が昂ぶってしまう。

 青年にのしかかったデボラは、勃起したペニスに女性器を近付けた――

 すると、膣内から小サイズの蛸足触手が這い出した。

 触手がペニスを絡め取っていく様は、まさに獲物の捕獲そのもの。

 彼の陰茎は触手に巻き取られ、膣内に引き込まれていく――

 「あ……あぁぁぁ……」

 青年は、怯えた表情でそれを見ていたが――

 「あっ、これ……なに……あぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 ペニスが根元まで引き込まれた瞬間、快楽の悲鳴を上げた。

 膣内で、無数の触手が肉棒に絡み付いているのだ。

 さっき、私が指で味わった感覚が蘇る――

  

 私は、モニターに表示されたままになっていた内部スキャンに目を移した。

 そこには、膣内で起きていることがありありと映し出されていたのだ。

 挿入されたペニスに、じゅるじゅると這い回る無数の触手。

 巻き付き、扱き上げ、撫で回しているのが分かる。

 そして触手の動作は、亀頭に集中するようになっていった。

 先端に無数の触手がのたうち、集中的にうねり尽くす――

 「あ……! あ〜〜! あ〜〜!!」

 青年は悲鳴を上げながら、ガクガクと腰を突き上げた。

 次の瞬間、精液がびゅるびゅると発射された。

 膣内に精液が満ちていくのが、内部スキャンでもはっきりと分かる。

 しかし青年が射精に至ってもなお、膣内の触手はうねり続けていた――

 「あー! あぁぁぁぁー!!」

 青年はデボラにしがみつかれながら、涙を流して悶えていた。

 その様子が、悲惨だとも哀れだとも思わない。

 私は心底、彼が羨ましかった。

 代われるものなら、代わってほしかった。

 こんなことを体験できるのなら、兵役拒否でもするんだった――

 そう思ってしまうくらい、私は目の前の光景に惹かれていた。

  

 「あぅぅぅ……!!」

 青年は二度目の精液を放出しながら、体をがくがくと痙攣させる。

 しかし魔性の膣はペニスを貪り続け、精を求め続けた。

 何度も何度も、肉棒から精液が溢れ出ていく。

 いったい、どれほどに気持ち良いのだろう。

 デボラは青年を見下ろし、どこか笑っているようにも見える。

 その様は、まさに捕食そのものだった――

  

 そして「餌やり」が始まってから、15分が経過した。

 デボラにしがみつかれた男は、すっかり脱力した様子だ――

 その時、デボラの体に電流が走った。

 脊髄に埋め込まれた電極装置が作動し、高圧電流が流れたのだ。

 「餌やり」が始まってから15分後、自動的に電極が作動するようプログラムされている。

 そうすればデボラの全身は麻痺し、一時的に失神状態に陥るのだ。

 あまり長時間を捕食に費やせば、対象の男性が衰弱死しかねない。

 それにデボラの性質によっては、男の肉体さえ捕食してしまう――

 ゆえに安全のため、こうした処置が施されているのである。

  

 デボラの動きが止まったことを知った青年は、そのまま後ずさった。

 私はコンソールを操作し、「餌」――いや、兵役忌避者の房に通じる扉を開けてやる。

 彼は床を這うようにしながら、その扉の向こうに逃げ込んでいった。

 こうして捕食は終わり、その場に残されたのは意識を失ったデボラのみ――

 いや、デボラはもう目を覚ました様子だ。

 ふらふらと立ち上がり、彼女は強化ガラスの前に立つ。

 制御ガスに引き寄せられ、デボラはこの位置に立つようになっているのだ。

 ――そして、私とデボラの目が合った。

 彼女は、微かに笑みを浮かべたような気がした。

 私も、このデボラに犯されたい。

 触手で動きを封じられ、精を貪られたい――

 「う、あぁ……」

 強化ガラスを隔て、私とデボラが視線を絡ませ合う。

 そのガラスの横には、実験房に繋がる扉があった。

 それを開くスイッチに、私の手が伸びていく――

  

 「おお、ちょうど食事が終わったみたいだな」

 その次の瞬間、食堂に行ったイール博士が戻ってきた。

 ちょうど15分の間に、彼も食事を終えたのだ。

 「は、はい……さっき終わりました」

 「実におぞましかっただろう。

  だが、あれも研究のために必要なことなのだ」

 憎悪を込めた目で、イール博士はガラスの向こうのデボラを睨んだ。

 「こいつらを、根こそぎ駆除してやるためにな……」

 「…………」

 私は今、何をしようとしていたのだ。

 思わず扉を開けようとしていたことに思い至り、戦慄する。

 いくらなんでも、軽挙に過ぎる。

 これから先、行動は慎重に行わなければ――

 こうして、私の研究所務めが始まったのである。

  

  

  

  

  

 ***西暦2039年5月6日

  

 それから、ちょうど一ヶ月が過ぎた。

 僅かな期間で、私はイール博士の信用を勝ち取っていた。

 噂通り、利発で知的好奇心に満ちた人物――そう、私のことを評価してくれた。

 かく言うイール博士だが、確かに卓越した発想力を持ち、頭の回転も非常に早い。

 その一方で、すさまじく大雑把――というより、破天荒な面があった。

 軍の研究所という特異な環境下では評価されるが、アカデミズムには馴染まない人物だ。

 また、過剰にデボラを敵視する言動には閉口させられる。

 とはいえ、尊敬できる人物であるという点は確かだった。

 私の真意を彼に隠し、騙すような形になってしまったのはつくづく残念である――

  

 「あれ……今日は、別のデボラが送られてきたんですか?」

 強化ガラスの向こうにいたのは、見覚えのないデボラだった。

 なお実験房は、複数のデボラ隔離房に繋がっている。

 普段は強固な扉で隔てられているが、ここからの操作で扉が開き、制御ガスにより実験房に出て来る――

 簡単に言えば、そういう風な仕組みになっているのだ。

 とはいえ私が来てから一ヶ月、実験房にいたデボラは触手型のUM057だけ。

 今日初めて、新顔のデボラがお目見えしたということになる。

  

 「このデボラFR032は、アミアンで捕獲された個体だ。

  現在進めている、行動分析の実験に必要でね……」

 「それで、どのようなタイプのデボラなのですか?」

 その外見は、柔らかな雰囲気のブロンド女性。

 あくまで印象だが、生前は優しい気立てだったのではあるまいか。

 年齢は22〜25あたり、私よりも若干年上のようだ。

 しかしデボラは年を取らないので、何年先もこの外見のまま。

 そして、その目に理性の光は点っていない。

 強化ガラスの前で、彼女はぼんやりと立ち尽くしていた――

  

 「外見に変異は見られないが……須山君、口腔を見たまえ」

 ぼんやりと開けられた、彼女の口の中――

 よく見れば、その中で長く細い舌がうねっているように見える。

 「ヨーロッパクサリヘビの遺伝子が、舌に発現している……しかも複数な。

  その穴から、指を出して誘ってみたまえ」

 「はい……」

 グローブボックスから、人差し指を差し出すと――

 デボラは反応し、ゆっくりと身をかがめた。

 そして指を覗き込むように顔を近付けると、その口が開き――

 4本の舌が、まさしく蛇のように口内から這い出てきた。

 そして、人差し指をぐるぐると絡め取ってくる――

  

 「こ、これは……」

 「まったく、棒状のものを見ればしゃぶりついてくる。

  生来の娼婦のような生物だな、おぞましい……」

 イール博士の放つ嫌悪の言葉など、まるで耳には入ってこない。

 私の感覚は、複数の舌に絡め取られた人差し指に集中していた。

 唾液まみれでざらついた舌粘膜が、じゅるじゅると指に這い回る。

 先端から根元まで味わうように舐め回され、時には素早く舐め擦ってくる。

 指へと螺旋状に絡んだ舌が、ぎゅうぎゅうと収縮するように締め付け――

 指先に舌先が触れ、べろべろ、べろべろと小刻みに舐め擦られた。

 これが男性器なら、亀頭と裏筋に相当する部分――

 間違いない、このデボラは男性器を射精に導くよう舌を動かしているのだ。

 「…………」

 この舌遣いを、自分の性器で体験したい――

 そんな欲望を、表に悟らせないだけで今は精一杯だった。

 あまり長くこうしていても、不審がられるかもしれない。

 名残惜しい気持ちで、私は指を引いた。

  

 「そうだ……実験の前に、少し所長のところに顔を出してくるよ。

  ちょうど今、なんとかいう中佐も来ているらしくてね」

 そう言って、イール博士は書類を手に腰を上げる。

 「分かりました。では実験の準備を進めておきます」

 「ああ、すまんね……任せたよ」

 面倒臭そうに伸びをすると、イール博士は実験室を出て行く。

 後に残されたのは私と、強化ガラスを隔てたデボラFR032――

  

 途端に、私の胸は高鳴った。

 これは、千載一遇のチャンスではないのか。

 イール博士が所長に会いに部屋を出たのは、これまでに17回。

 戻ってくるまでの最短時間が27分、最長は43分。

 来客はないはず、イール博士はアポ無しの来客を極端に嫌う。

 10分あれば、目的は果たせるはずだ――

 あの舌遣いで、10分ももつはずがないのだから。

  

 この時間、実験室内の警備カメラは動いていない。

 念のために、実験房をモニターしている機器は電源を切っておいた。

 停止させる際に誤って電源を落としたと言えば、それで済む。

 イール博士は機械が苦手な分、その手のミスには甘いのだ。

 ……とはいえ、それでもリスクはある。

 博士が、予想より早くここに戻ってくるかもしれない。

 それでも私は、自制心を働かせることが出来なかった。

 認めよう。その時の私は欲望に突き動かされ、理性を失っていたのだ。

 後に気を払うようになった警戒の欠片も、この時の私には見られなかった――

  

 ドアに鍵を掛け、早足で強化ガラスへと歩み寄る。

 そこでは、デボラが感情のない目でじっとこっちを見ていた。

 高鳴る胸を押さえ、ジッパーを下ろす。

 私のモノはすでに怒張しており、外に引き出すのにも少々まごついた。

 冷静さを欠き、欲望と衝動に突き動かされていたのだ。

 興奮で脈打っている肉棒、それをガラスの穴へと通す――

  

 デボラは、自分のいる房に突き出された肉棒に目を止めた。

 そして、指の時と同様に身をかがめてくる。

 ただ違うのは、さっきのような指ではなく、男性器であること。

 まるで肉棒に臭いでも嗅ぐように、デボラは顔を寄せ――

 そして、じゅるりと四本の舌が這い出てきた。

 「あ……あぁっ……!」

 蛇舌はペニスに巻き付き、あっという間に絡め取ってしまう。

 唾液でヌルヌルの舌粘膜が、ぴったりと密着してきた。

 まさに、さっきの指の時の再現。

 私のモノは舌で螺旋状に巻き取られ、ぎゅっと締められたのだ。

 「うぁぁぁぁ……」

 予想をはるかに上回る気持ち良さに、悦びの声が漏れてしまう。

 舌は肉棒を小刻みに締めながら、収縮するかのようなうねりを見せた。

 ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ……と、ぬめった舌に揉みしだかれる動作。

 あまりの快感に、腰がぶるっと震えてしまう。

 「うぅっ……す、すごい……」

 さらに舌先が亀頭へと迫ってきた。

 「あ、あれは――」

 これから、何をされるか知っている。

 あの指先で受けた、素早くちろちろと舐め擦られるような動作――

 ただでさえ、もう射精寸前なのだ。

 今、そんなことをされてしまえば――

  

 「う……あぁぁぁっ!!」

 とうとう、あの舌遣いが始まった。

 舌先が尿道口から裏筋まで、猛烈な早さで何度も何度も往復する。

 ねっとりと唾液を垂らしながら、何度も何度も――

 「お、おぉぉぉっ……!」

 強烈な快感に、足がガクガクと震えた。

 腰の力が抜け、立っているのも辛くなる。

 ガラスにもたれる形で、甘く狂おしい亀頭舐め擦りを受け――

 「で、出るっ……!」

 あっという間に、限界が来た。

 ペニスが脈動を始め、そのまま射精してしまったのだ。

 脱力するような放出感と共に、精液が溢れ出る――

 すると、4つの舌先が亀頭へと集中してきた。

 「こ、こんな……あぁぁぁ〜〜!!」

 次の瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 射精中の亀頭に複数の舌先が集まり、激しく舐め擦られたのだ。

 精液を一滴残さず舐め取り、味わい尽くす舌遣い――

 その強烈な快感に、腰がガクガクと震えてしまう。

 カリから上を舌粘膜でいたぶり尽くすような快感に、たちまち私は追い込まれ――

 「う、あぁぁぁっ……!!」

 そして、二度目の絶頂に至っていた。

 さらに舌は亀頭に這い回り、精液を残らず舐め取ってしまう。

 「う、ぐっ……」

 このままでは、また射精させられてしまう。

 それも望むところだが、今は長く楽しむ時間の余裕がないのだ――

  

 私は慌てて腰を引き、その場にへなへなとくずおれた。

 快感の残滓で、体に力が入らないくらいだ。

 デボラは名残惜しそうな顔で、腰を上げ――また、ガラスの前に立っていた。

 精液は全て舐め尽くしたようで、口元に精液の汚れは残っていない。

 我に返った私はズボンを上げ、慌てて着衣を整えた。

 そして何か見落としがないか、実験室を念入りにチェックする。

 イール博士が戻ってきたのは、それから十分後のことである。

 今にして思えば、冷や汗ものだった。

 よくあれで、露見しなかったものだ――

  

 今回は上手くいったが、次回も上手くいくとは限らない。

 やはり、イール博士の目を盗んで欲望を満たし続けるのは無理がある。

 そう都合良く、チャンスは巡ってこないものだ。

 それに短時間でせわしなく性欲を満たすというのも、本意ではない。

 じっくり時間に余裕をもって楽しみたい、そう思うようになるのも当然だった。

 そして私は、最初の1年の間に悟ったのである。

 チャンスはただ待つのではなく、自分から作らねばならないと――

  

  

  

  

  

  

 ***西暦2040年3月10日

  

 この研究所に勤めるようになってから、そろそろ1年。

 私は、イール博士から多くの教えを受けていた。

 彼の指導の元で、分子生物学的な手法によりデボラを解析する。

 遺伝子転写のプロセスや、神経内分泌制御などなど――

 彼の下で働いた期間がなければ、私独自の研究は10年ほど遅れていただろう。

 イール博士には、感謝することしきりである。

  

 「昨日の今日で、もう羽根が生え始めたな……」

 デボラFR032の背中を観察しながら、イール博士は言った。

 肩甲骨の下あたりから、未発達の羽根が形を見せ始めているのだ。

 「ナミチスイコウモリの血を注射しただけで、こんな簡単に……」

 デボラの恐るべき性質を目の当たりにし、私は驚愕していた。

 デボラは取り込んだ遺伝子を、すぐさま己の体に発現させるのだ。

 それは捕食のみならず、血や細胞の注射でも構わないらしい。

 その生物のDNAを己の体に取り込み、変異を続ける――なんとも驚嘆すべき生物だ。

 他にも、デボラの細胞やDNAには驚くべき点が多い。

 DNAの損傷に対する防御に極めて優れ、修復にも優れている。

 またデボラ細胞は老化しないため、デボラは不老の存在でもあるのだ。

 一部の例外(幼形成熟をする個体もいる)を除き、一定の年齢まで早急に成長。

 その後は、いっさい老化しないことが確認されているのである。

 地球生物の常識を、完全に超越した生物――

 いや、イール博士によれば、デボラも地球起源の生物なのだったか。

  

 「ただ、発現場所はなかなか一定せんな。

  同じような投与量でも、コウモリの特質が発現した箇所はまちまちだ」

 「ええ……」

 別のデボラの場合、同じ条件で右腕全体が大きな翼と化した。

 また別のデボラは、なんと膣内にコウモリの牙が生えてしまった。

 観察したところ、そこから血を吸うこともできるという――

 よって現在は、どの位置に特質が発現するかを探る作業だ。

 ゲノム配列のみならず、環境も関わっていることは間違いない。

 これは、なかなか大変な作業になりそうだ――

  

 「ビジターは、なぜデボラ寄生体をばらまいたのか……

  連中にも思惑があるはずだ、気紛れであんなことはせんよ」

 デボラFR032の背に備わった未熟な羽根を撮影しながら、イール博士は呟く。

 「ええ……諸説ありますが、どれもしっくり来ませんね」

 誰しも最初に考えつくのは、後方撹乱のための生物兵器だが――

 確かに多くの犠牲は出ているものの、戦略規模で見れば明らかに非効率的だ。

 デボラによる犠牲者数は、世界的に見れば万の単位にとどまっているのである。

 平時においては、許容できる数ではないが――

 文明規模の戦争においては、あまりにも労力に見合っていない戦果である。

 そのくらいは、軍人でない私でさえ分かることだった。

 「博士も、生物兵器ではないとお考えですか……?」

 「私は専門じゃないが……兵器なら、こんな形にはせんと思うよ。

  もっとヒトを殺して、モノを破壊する。デボラは、そういうのじゃない」

 「すると、ビジターによる生体実験説ですか?」

 「生物兵器説よりは説得力があるが……それも、どこか腑に落ちんな」

 溜息交じりに、イール博士は言った。

 「ビジターが人間の遺伝子を保全しようとしている……そんな説もあるがね。

  これじゃ保全どころか、遺伝的撹乱だよ」

 「では、意図的に遺伝子撹乱を起こして人類を絶滅させようとしているとか……?」

 「それはずいぶん、気の長い話だね。

  連中ほどの科学力なら、我々の絶滅なんて簡単だと思うが」

 「……はい、その通りです」

 「結局、まだまだピースが足りん。仮説さえ立てられる段階じゃないということだ。

  ビジターの襲来から9年も経ってなお、連中の目的さえ分からないのだからな」

 「ええ、同意します……」

  

 ビジターについて判明していることは、驚くほど少ない――

 いや、何一つ分かってないに等しいのだ。

 連中はまるで対話せず、ただ人類を攻撃してくる。

 だが、その行動はあまりに不条理過ぎるのだ。

 我々人類が何年も戦い続けている、これがすでにおかしい。

 恒星間移動が可能なほどの科学力を持つビジターが、我々人類相手に苦戦などするだろうか?

 なぜ彼らは、大規模な破壊兵器――核、もしくはそれより強力な未知の兵器を使わない?

 なぜ戦略的行動を取らない? 彼らの攻撃はあまりに非効率的かつ散発的なのだ。

 連中は、本気で戦争をしている気があるのか?

 それとも、何か別の目的があるのか?

 相手が対話に応じない以上、我々人類には何も分からないのだ。

 そして、その意図を類推する鍵になるかもしれないのがデボラの存在なのである。

 なぜ彼らは、この奇妙な寄生生物を地上に大量投下したのか。

 そもそも、遺伝子的には地球に起源を持つデボラとはいかなる生物なのか――

  

 「ああ、もうこんな時間か……デボラに『餌』をやらなければな。

  FR032は、少し腹を減らせて羽根の形成過程を見たいから、今日はメシ抜きだ。

  UM057に『餌』をやってくれんか」

 「はい、分かりました」

 「すまんな、嫌な役を押しつけて……」

 申し訳なさそうにしながら、イール教授は部屋を後にした。

 とんでもない、あれも私の楽しみの一つなのだ――

 デボラFR032を隔離房に戻し、そしてUM057――触手型デボラを呼び出す。

 続けて、別の房から兵役忌避者という「餌」を実験房へと呼び込んだ。

 さあ、存分に楽しませてもらうとしよう――

  

 「こ、ここは……」

 全裸の青年は、不安そうに周囲を見回す。

 目隠しをされて研究所に連れ込まれ、長時間待機させられ――

 やっと自分の独房から出ることを許され、その先でこの状況なのだ。

 困惑する彼だったが、すぐに目の前の異形に目を止めた。

 「ひっ……デ、デボラ……!?」

 青年は尻餅をつき、後ずさりする。

 そこに、餌を視認したデボラが悠然と歩み寄り――

 そして、まずは触手で体の動きを封じた。

 「たすけて……やめて……あぁぁぁ……」

 そして、大きくなったペニスを特製の膣で捕食するのだ。

 膣内からは触手が伸び、男性器を絡め取り――

 「あぁぁぁぁっ!!」

 そのまま、触手のうねる膣内へとペニスが咥え込まれてしまう。

 ここからは、膣内のスキャンも表示して楽しむとしよう。

 膣内でペニスに巻き付き、締め付け、絡み付く触手。

 すると、挿入して30秒も経たないうちにペニスの脈打ちが始まり――

 「あ、あぅぅぅぅ……」

 次の瞬間、青年はどっぷりと膣内で射精していた。

 ずいぶん気の早いことだ。

 本当にすごいのは、この後だというのに――

  

 「う……あぁぁぁ〜〜!!」

 射精直後に、あの動作が始まった。

 亀頭に無数の触手が集中し、激しくうねり始めたのだ。

 その効果は覿面だった。

 さっき射精したばかりなのに、たちまち陰茎は収縮を始め――

 「うぁぁぁぁぁ〜〜!!」

 そして、膣内に大量の精液を吐き出してしまう。

 スキュラの触手から逃れるようにもがきながら、彼はドクドクと射精していた。

 ――早く私も、あれを味わってみたい。

 何度も見たあの触手膣を、自身の性器で体験したい。

 だが、焦ってはなるまい。

 ほんの一時の誘惑に乗り、未来の楽しみまで失うわけにはいかないのだ――

  

 そして30分が経過し――そう、電極に設定されている通常の15分ではなく30分だ。

 この設定時間も、実は自由に変更できるのである。

 わざと長めに捕食を行わせ、その光景を楽しむ――

 最近、私はそうするのが常になっていた。

 もちろん、それをデータに残さないようにする処理も忘れない。

  

 ともかく電極から高圧電流が迸り、デボラは意識を失った。

 そして、青年が解放されるはずだったが――肩で息をするばかりで、起き上がってこない。

 通常の倍の時間も搾られて、心身共に尽き果てたのだろう。

 おかげで私は警備員を呼び、彼を独房へと戻させなければならなかった。

 警備員は通常の意味での所内警備のほか、こうした力仕事も業務として担当してくれるのだ。

 また万一デボラが脱走した場合、所内でそれに対応するのも彼らの仕事となる。

  

 後片付けが終わり、私は椅子に腰掛けた。

 やはり30分も搾られれば、自分では動けなくなってしまうものらしい。

 こうした実験は、ただデボラの捕食光景を長く楽しむためだけではなかった。

 この研究所における機器の管理や警備体制を把握し、何が可能なのかを知っておくため。

 私は己の欲を満たすため、長期的な展望で布石を打ち始めたのである。

  

  

  

  

  

 ***西暦2041年12月5日

  

 『ワタシハ、デボラ! デボラ!』

 実験房で奇妙な声を上げるのは、オウム型のデボラだった。

 その華やかな色の羽根を震わせ、『ワタシハ、デボラ!』と繰り返す。

 だが――

 「私はイール、デボラの研究者だ」

 『ワタシハ、デボラ!』

 「この部屋は、気に入ってもらえたかな?」

 『ワタシハ、デボラ! コノヘヤ……ハ、キニ……』

 「ダメか……」

 『デボラ! ダメカ! ダメカ!』

 イール博士の語りかけに対し、まさに言葉通りオウム返しをするだけ。

 意味を理解してもいなければ、コミュニケーションも不可能だ。

 脳をスキャンしても、ブローカ野――いわゆる言語中枢に目立った反応はない。

 これは言葉ではなく、あくまで鳴き声なのである。

 「せっかく地球の裏側から納入した個体なのに……期待外れでしたね」

 「なぁに、これからだよ。こいつは世にも珍しい、喋るデボラなんだ。

  やりたい実験が、まだまだあるんだからね」

 イール博士は、精力的に研究に取り組んでいるようだ。

 その不屈の精神は、私も大いに見習いたい。

 「そう言えば、君も独自に研究を進めていたね。

  デボラの誘引フェロモンに関する研究……だったか」

 「はい、空いた時間に少しずつではありますが」

 「少しレポートを見せてもらったが、非常に期待できる内容だ。

  ぜひ、このまま続けるように」

 「心強いです、必ず成功させてみせます」

 「それに、私の研究しているデボラの個別生態分析と組み合わせれば……

  この分野に、さらなる発展が見込めるかもしれんな」

 「組み合わせる……ですか」

 まさか、私の研究を横から奪おうとしているわけでもあるまい。

 まだ1年程度の付き合いだが、そういう人物でないのは私にも分かる。

 その時、なんとも奇妙な感じがしたものだが――

 教授の真意を、それから一ヶ月後に知ることになるのだった。

  

  

  

 「それでは、私は帰るよ」

 「はい、また明日……」

 一日の業務を終え、帰宅するイール教授。

 その一方で私は、書類作業がある――という名目で、研究室に残った。

 意図的に調整した、研究室に1人で残れる機会だ。

 警備も巡回の少ない時間を選び、警備カメラにも手を加えてある。

 事前に準備を整え、万全の計画を進めていたのだ。

 午後8時から9時まで、空白の時間を作り出すため――

  

 「やっと、ようやく……」

 私はコンソールを操作し、触手型のデボラUM057を実験房に呼び込む。

 こうした操作も、記録には残らないよう設定済みだ。

 30分が経つと脊椎の電極が作動し、私は自動的に解放される。

 なんらかの異常があっても大丈夫なように、手動のボタンも袖に仕込んでいた。

 万一、途中で誰かが入ってきた時のことも考えてある。

 残業中に実験房で異常が発生し、様子を見に来た私が襲われた――

 ――そう解釈できるような証拠も、入念に用意してあるのだ。

 十分に時間を掛けたのだから、決して抜かりはない。

  

 全ての準備を整えると――私は、実験房へと入っていった。

 そして、デボラUM057の眼前に立つ。

 その生殖器に指を挿入し、触手のうねる感触を味わったのは2年も前。

 それからデボラに何度も「餌」を与え、その様子を見てきた。

 自分もあんな風にされたいと、そう恋い焦がれながら――

 それがやっと、今日叶うのだ。

  

 デボラは、感情のない目で私を見据え――

 そして、しゅるしゅると触手を伸ばしてきた。

 獲物として私の体を巻き上げ、そして床に押し倒してくる。

 「う……ぐっ……!」

 思った以上の重圧と、触手の拘束力。

 全身に触手が絡み付き、完全に動きを封じてくるのだ。

 こればかりは、実際に拘束されないと味わえない――

 私のモノはとうに、限界まで怒張していた。

 そこに、あの触手膣が近付いてくる。

 「あ、あぁぁぁ……」

 恋い焦がれてきた瞬間が、ついにやってきた。

 この先に何が起きるのかを、私は何度も目にしてきたのだ――

  

 膣内からしゅるしゅると、私のペニスに向かって伸びる触手。

 その光景は、感動的でさえあった。

 そして私のモノは触手に捕らわれ、巻き取られてしまう。

 それだけでも艶めかしい感触だったのに、そのまま膣内に引き込まれ――

 「あぅぅっ……!」

 とうとう私のモノは、デボラの膣内に咥え込まれてしまった。

 ずっと待ち望んでいたこの瞬間は、想像よりもはるかに素晴らしかった。

 「あぁぁぁっ……!」

 熱く狭い膣内で、触手が螺旋状にペニスへと絡んでくる。

 何度もスキャンで見たあの責めを、実際に膣内で受けているのだ。

 ぐるぐる巻きのペニスが、触手でぎゅぅっと締められ――

 かと思えば扱き上げられ、ぐちゅぐちゅと這い回り――

 「こ、こんなにすごいなんて……あぁぁっ!!」

 予想を凌駕する快感に、私は圧倒されるしかなかった。

 たちまちのうちに、限界がやってくる。

 もっと長く楽しむはずだったのに、我慢などできず――

 「で、出る……あぁぁっ!」

 そのまま、デボラの膣内へと精液を発射していた。

 ぐちゅぐちゅと触手に絡まれ、搾り出されるような射精――

 私は呻きながら、あまりの心地良さに身を任せる。

 この後に来るあれまでは耐えるつもりだったのに、とても我慢できなかったのだ。

  

 「あ、あぁぁぁ……!」

 そして、とうとうあれが始まった。

 計算違いなことに、射精直後のペニスで受けてしまうことになる。

 膣内の触手が亀頭に密集し、にゅぐにゅぐと這い回り始めた。

 亀頭を絡め取った触手が猛烈なうねりを見せ、先端に集中刺激を与えてくる――

 「あ、あぁぁぁぁ〜〜!!」

 あまりにも激しい快感に、私はびくびくと腰を突き上げた。

 男の弱点である亀頭部が、触手に嫐り尽くされる感触。

 尿道口も裏筋もカリ首も、触手の激しいうねりに巻き込まれる。

 「うぅっ……あ、あぁぁっ!!」

 あっという間に、射精感が湧き上がり――

 そのまま、びゅるびゅると膣内に精液を放出していた。

 それでも触手のうねりは止まらず、亀頭を巻き込んでじゅるじゅると刺激し続ける。

  

 「あぅぅ……あ、あぁぁぁ〜〜!!」

 悶える私を見下ろし、デボラはくすりと笑みを見せた気がした。

 その目は確かに笑い、口の端が歪んで見える――

 「あぅぅ……うぁぁぁぁ〜〜!!」

 触手の渦の中で、精液が搾り取られていくのが分かった。

 自分は今まさに、デボラに捕食されているのだ。

 大勢の犠牲者がされたように、餌として貪られている――

 それが、ますます私の興奮と背徳を加速した。

  

 「うぁぁ、あ、あぅぅっ!」

 激しく悶え、涙まで流れるほどの快感。

 その様を満足げに見下ろし、笑みを浮かべるデボラ。

 待ち焦がれていた背徳の交わりは、極上の悦びをもたらした。

 私はデボラに貪られ、これまでの人生で最高の時間を愉しんだのである。

 30分が経過し、電極が発動してデボラが意識を失うまで――

  

 「う……うぅ……」

 交わりが解かれ、私はふらふらと立ち上がる。

 5回以上射精し、体力を消耗しきっているようだ。

 あと30分で後片付けをして、実験室を後にするのは大仕事である。

 1時間という設定は、あまりに短すぎたようだ――

 「今度は、もっと長く愉しもう……」

 眠っているようなデボラの顔を見据え、私は呟いた。

 まるで、次の逢瀬を誓う恋人のように――

  

 それからも私は、何度かデボラUM057と交わった。

 本当ならば毎日でも行いたいが、あまり頻繁では露見の危険性が高くなる。

 今はまだ、絶対安全な方法を維持しなければならないのだ。

 こうして、研究所に勤務してから3年の時間が過ぎる。

 そこで、大きく事態が動いたのだった――

 

 

 

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