吸精輪廻


 

 ぞっとするほど、美しい女だった。

 この家の主人である黒川郷吉と対面していながら、茶を運んできた彼女の方に目を奪われていた。

 その顔は、驚くほどに白い。

 切れ長の目に、艶やかな唇。

 二十代もしくは十代前半とも思える若さでありながら、人外じみた色香。

 和服を着ているが、髪は結っておらず、黒髪を真っ直ぐに垂らしている。

 その異人染みた線の細さは、露西亜あたりの異国の女を思わせる。

 もしかしたら、実際に白人種の血が混じっているのかもしれない。

 奥座敷にて対面している主人の存在を忘れさせる程に、彼女の美貌は鮮烈だった。

 

 「この地域の歴史や慣習について、興味があると言っていたね――」

 主人の言葉に、武史はすぐさま我に返った。

 「……はい。お手紙でお伝えした通り、まだ学生の身の上ではありますが……

  この地域の歴史などに興味があり、貴重な史料を拝見しに参った次第です」

 なんとか淀みなく、そう応える事ができた。

 お茶を運んできた美女に目を奪われていた、などとは悟られずに済んだようだ。

 当の女性はうやうやしく頭を下げ、一礼の後に奥座敷を後にする。

 ふんわりとした甘い残り香が、武史の周りに残っていた。

 雑念を振り払うように軽く首を振り、武史は言葉を続ける。

 「もちろん、お話などもお聞かせ下されば幸いなのですが。

  長年のご研究に関して、ぜひご教授頂ければ――」

 「……申し訳ないが、あまり体調が芳しくなくてね。

  講釈など体に堪える、悪いが遠慮させてもらうよ」

 そう言う黒川氏の顔色は、確かに良くはない。

 本日が初対面となるのだが、少しやつれて見えるのも健康面の問題だろうか。

 もしかしたら、武史の来訪を歓迎していないのかもしれない――

 「……だが、記録や史料は好きに見るといい。

  部屋を用意しよう、何日か滞在していきなさい」

 いや……歓迎されていない、という訳でもないようだ。

 だとすると、体調が良くないというのも建前ではないのだろう。

 「それは……お気遣い、感謝いたします。

  お体が優れないにもかかわらず、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 心よりの感謝と共に、うやうやしく礼を言う武史。

 こうして彼は、黒川邸への滞在を認められたのだった。

 

 黒川郷吉は、この地域の歴史に通じた郷土史家である。

 豊富な史料や記録を要し、独自の研究も一部では有名だ。

 しかし、あまり人付き合いが良い人物とは言えず、むしろ偏屈という噂である。

 来訪者に対し、顔も見せずに門前払いした事も一度や二度ではないという。

 ここ十年は、まともに人前にさえ出ていないという話だ。

 それゆえ、武史は黒川邸への来訪に若干の躊躇を覚えていたが――

 追い返されるどころか、数日の滞在まで快く認められてしまった。

 話が上手く行きすぎて怖いくらいである。

 

 「それでは、私の書斎を好きに使いたまえ。寝床も隣の部屋に用意しよう。

  だが……先も言った通り、体調が芳しくない。講釈などは出来んから、そのつもりで」

 「お心遣いに感謝します、なるべくお手数はお掛けしません」

 「食事など、細かいことは魅月に……さっき茶を運んできた娘に言ってくれ」

 先程の、ぞっとするほど美しい女性――魅月という名なのか。

 「魅月さん……彼女は、娘さんでしょうか?」

 年齢で言えば、黒川氏の娘だろうか。

 もしかしたら、年の離れた夫婦というのもありえる。

 とは言え、目の前の黒川氏の年齢が計りがたい。

 三十代にも、五十代にも見える不思議な風貌なのだ。

 「いや……魅月は親戚の娘でね。事情があって、うちで預かっている。

  家事の類いは、全て彼女に任せているのだよ」

 なるほど――娘でも妻でも、どちらでもなかったらしい。

 さすがに、彼女を預かる事になった事情とやらを根掘り葉掘り聞くのは無礼すぎるだろう。

 その後も黒川氏は、武史のささやかな質問に対し言葉短く答えてくれた。

 黒川氏に魅月以外の家族はおらず、二人でこの家に暮らしている事――

 書斎や黒川氏の寝室は一階にあり、二階には魅月の部屋があるという事――

 彼は士族の出で、それなりの財産があり、職がなくても食べるには困らないという事――

 あまり話が長くなっては、健康の優れない黒川氏に負担かもしれない。

 武史は早めに話を切り上げ、自由に使って良いと言われた書斎に向かうのだった。

 

 

 

 整頓の行き届いた、いかにも神経質そうな黒川氏に相応しい書斎。

 武史が滞在している間、ここにこもりっきりになるのは間違いない。

 本棚には、様々な書類や古文書が綴じられたファイルが並んでいた。

 この地方で行われる祭りの記録、住人からの聞き取り、神社に残っていた古文書――

 民俗学者のタマゴである武史にとって、まさに宝の山だった。

 さっそく史料に手を伸ばしたくなる誘惑に駆られるが、今日はもう遅い。

 作業を始めるのは明日からにして、今日はもう休もう。

 確か、隣の部屋に寝床が用意されているという話だったか――

 そう考えていたとき、廊下の向こうから涼やかな足音が近づいてきた。

 「魅月ですが、よろしいでしょうか……」

 「あ……はい、どうぞ」

 「それでは、失礼します……」

 静かに戸を開け、魅月が楚々とした足運びで書斎へと入る。

 寒気がするほどの美貌を前に、武史は思わず気後れするほどだった。

 その黒髪からは甘い芳香が微かに漂い、男を酔わせるかのよう。

 切れ長で涼やかな目が、柔らかく細められた。

 「寝間着を用意いたしました。こんな粗末なものしかなく、恐縮ですが……」

 「いえいえ、こちらこそ無礼をお許し下さい」

 寝間着を受け取りながら、武史は大いに恐縮する。

 突然に滞在する事になった気後れよりも、魅月の美貌を前にしての緊張の方が大きい。

 彼女がいるだけで、部屋の空気が違う感じになる。

 それも雰囲気が華やぐのではなく、圧迫されるような感じだ。

 「武史様は、都会の大学に通っておられるのですよね……」

 「あ……はい。そうです……」

 魅月の美しさに圧倒され、なんとも間の抜けた返事になってしまう。

 「私は、田舎から出た事がないのですが……都会には、様々なものが揃っていると言いますね。

  様々な食事や、あらゆる娯楽……色々な楽しみが……」

 「ええ、そうですね……」

 「この田舎には無いものも、沢山あるのですね」

 「そ、そうだと思います……」

 「ならば……一度、行ってみたいものです」

 くすり……と、悪戯っぽく魅月は笑った。

 その妖艶な仕草に、武史の心はどこまでも乱れ行く。

 「失礼……私などのつまらない話で、お時間を取らせてしまいましたね。

  それでは、ごゆっくり……」

 微笑を浮かべ、魅月は書斎を後にする。

 甘い残り香に包まれ、武史はしばらく立ち惚けてしまった。

 さて、まだ寝る時間には早いが――

 東京からここまでの旅の疲れもある事だし、今日はぐっすり休むとしよう。

 

 

 

 真夜中――

 ふと、武史は目を覚ましていた。

 ぎし、ぎし……と、誰かが階段を降りる音。

 決して大きな音ではなく、むしろ静かな足取りである。

 しかし普段と異なる寝床で、武史の眠りは浅かったのだ。

 足音は階段を静かに下り、今にも一階に降り立とうとしている。

 二階には確か、魅月の部屋があるはず。

 彼女が、手洗いに起きたのだろうか――

 

 しかし足音は、一階の隣の部屋でぴたりと止まった。

 そして、襖の開く音。

 隣の部屋には、黒川氏が眠っていたはずだ。

 そこに魅月が入っていった――そういう事になる。

 こんな夜更けに、彼の元にいったい何の用が――

 他人事ながら、武史が疑問に思ったその時だった。

 

 「うふふ……ふふふっ……」

 隣の部屋から、女の艶やかな笑い声が聞こえてきたのだ。

 「うぁ……あぁぁ……」

 そして、男の微かな呻き声が続く。

 これは間違いなく、黒川氏の声だった。

 もしや、病か何かで苦しみの声を――などとは、少しも思えなかった。

 これは明らかに、男女の営み。

 男と女が淫らに乱れ、漏れ聞こえる声。

 黒川氏と魅月は、夫婦ではないと言っていたはず――

 にもかかわらず、よりによって来客のいる隣の部屋で――

 「うふふふっ……」

 「あ……ぁぁ……」

 いや、もしかしたら自分のとんでもない勘違いかもしれない。

 なんだか、現実感を欠いている気がする。

 もしかしたら、これは夢なのかもしれない。

 魅月の色香にあてられ、淫猥な夢を見ているのかもしれない――

 武史は漏れ聞こえる声を遮断するように、布団に潜り込む。

 そして、何も考えないようにした。

 長旅で疲れた肉体は、やはり休息を欲している。

 たちまちのうちに、武史は再びの眠りに落ちていった――

 

 

 

 

 

 そして、朝。

 黒川邸にあてがわれた部屋にて、武史は目を覚ましていた。

 やはり慣れない寝床だけあり、爽やかな目覚めとはいかない。

 それでも、旅の疲れはおおかた癒やされた気がした。

 「それにしても、昨日のあれは――」

 隣の部屋での、黒川氏と魅月の密事。

 あれは、現実の事だったのだろうか。

 それとも、自分の不埒な妄想が夢という形で表出したのだろうか――

 

 「おはようございます、武史様。

  朝食をお持ちしましたが、よろしいでしょうか――」

 朝の支度をしていると、起床の気配を察した魅月が膳を運んできた。

 その白く整った顔を前にして、昨夜の艶やかな笑い声が脳裏によぎる。

 思わず頬を染め、狼狽して食膳に視線を落とす武史だった。

 顔も満足に見る頃が出来ず、二言三言を交わすのが精一杯。

 そんな有様で、昨夜の事を本人に尋ねられるはずもなかった。

 こうして武史は、なんとも気まずい朝を送ったのである。

 

 

 

 「以上、祭祀に関しての記録……と」

 祭りの記録に目を通し、持参したノートに要点をまとめる。

 そろそろ正午になるが、黒川氏とはまだ顔を合わせていない。

 自分の部屋から出てこないようだが、やはり体調が悪いのだろうか。

 早めに作業を終わらせ、黒川邸を退出した方がいいのかもしれない――

 そう思っていた時だった。

 「失礼します、昼食をお持ちしましたが……よろしいでしょうか」

 「あっ……どうぞ」

 膳を運び、魅月が書斎に姿を見せる。

 武史も朝よりは随分落ち着き、少なくとも表面上は普通に接する事が出来た。

 「わざわざ申し訳ありません、お食事まで用意してもらって……」

 「どうぞ、お気になさらず。二人前も三人前も、料理の手間は同じですので」

 そう言いながら、手際よく昼食の準備をする魅月。

 武史はノートを閉じると、あらためて彼女をまじまじと眺めた。

 その美貌は、つくづく人間離れしている。

 人外じみた妖艶さ、と言ってもいいだろう。

 本当にこの女性が、黒川氏と交わっていたのだろうか。

 ありそうな事とも思えるし、何かの間違いとも思える。

 あれは夢だったのか、それとも現実か――

 「それで……黒川氏の病状はどうなのですか?」

 膳の準備が終わったところで、武史は魅月に尋ねていた。

 あの行為が、黒川氏の体の負担になっていたり――などと、いらぬ事まで心配してしまう。

 「郷吉さんに、持病があるわけではありません。

  少々、衰弱しているだけですので……あまりお気遣いなさらず」

 「はぁ……」

 そう言われて、気遣いをなくせるはずもない。

 それに、衰弱というのは一体……食欲でも優れないのだろうか。

 「つくづく、黒川氏が大変な時に居座ってしまって恐縮です。

  早く作業を終わらせ、立ち去りますので――」

 「いえいえ、そのような必要はございません。

  あなたと郷吉さんは似ておられる方……ですので、ごゆるりとなさって下さい」

 魅月は妖艶な笑みを見せ、そして書斎を辞した。

 自分と黒川氏が似ている――とは、どういう事なのだろうか。

 

 そして午後、手洗いに立った際、廊下で黒川氏と出くわした。

 昨日の夜に奥座敷で話した時より、やや顔色が悪いようだ。

 「……作業は進んだかね?」

 「ええ、お陰様で。貴重な史料の数々に、心が躍る思いです」

 それは決して嘘でも世辞でもないが――

 黒川氏を前にすると、やはり昨夜の事が頭をよぎって離れない。

 あれは、ただの夢であれば良いのだが――

 それを確認できないとは、なんともどかしいのだろう。

 さらに、相手は健康が優れないという。

 武史には、何かと気遣いが多すぎた。

 「ご迷惑にならないよう、早めに出ていきます。

  明日か明後日には、全ての史料に目を通し終わりますので……

 「いや、焦る必要はないよ。

  むしろ……君には、ここに長くいてもらいたいのだ」

 「……え?」

 「私はこんな状態だ、男手が必要かもしれんからね……」

 「はぁ……」

 黒川氏の不可解な言動に、思わず生返事を返してしまう。

 この家のことは、魅月が全て取り仕切っているというが――

 男手が必要なほどの力仕事が、そう頻繁にあるのだろうか。

 自分と黒川氏が似ている、と口にした魅月。

 そしてこの家の主人の、不可解な自分への優遇。

 武史は、研究が進むことには感謝したものの――

 なぜか、泥沼にはまっていくような心地を抱いていたのだった。

 

 

 

 「伝承に関してのファイルは、これで終わり……っと」

 ノートにまとめられたのは、この地域で古くから伝わる伝承などだ。

 とは言え決して仰々しいものではなく、素朴な怪談話に近い。

 と――そこに、楚々とした足音が近づいてくる。

 「失礼します、夕食をお持ちしました……」

 これまでのように、甲斐甲斐しく夕食を運んでくる魅月。

 こうまでされては、逆に居心地も悪くなってしまうというものだ。

 とは言え、客の自分が家事を手伝うなど、余計に迷惑が掛かりかねない。

 これ以上、黒川氏や魅月の好意に甘えていいものだろうか――

 「……この地には、様々な怪談話があるのでしょう」

 膳の準備を終えると、魅月はふと開いたままのノートに視線をやった。

 黒川氏と一緒に暮らしている以上、彼女にも郷土史の心得があるのだろうか。

 「ええ……おっしゃる通り、怪談話は多いですね。

  そう大きな村でもないのに、ここまで多いのは珍しいです」

 それが、武史がこの地方に興味を持ったきっかけでもある。

 この地域には、怪異にまつわる伝承の類が非常に多いのだ。

 「憑物信仰に六部殺しはもちろん、蛇神伝説や、吸精鬼なんて珍しい話まで――」

 「吸精鬼は……珍しい、のですか?」

 いくぶん興味深げに、魅月は言った。

 「男の精を吸い尽くして殺す女の妖怪は、そこそこ例があります。

  東北の雪女や、地方によっては猫又などもその類ですしね。

  しかしこの地方の吸精鬼は、その……男を誘って交わり……」

 流石に魅月の前では言い淀み、武史は言葉を切ってしまう。

 それに対し、魅月は涼やかに口を開いた。

 「――西洋には、『さくばす』という妖怪がおります」

 「え……? あ、はい……」

 思わぬ語句が魅月の口から出た事で、武史は当惑した。

 英文学をかじっている自分さえ、かろうじて聞いた事のある程度の「Succubus」という言葉。

 それを、田舎の女性が知っているとは驚いてしまう。

 高名な郷土史家と同居しているだけあり、結構な教養を有しているのだろうか。

 そこで、露西亜系の女性を彷彿とさせる魅月の風貌がふと気になった。

 やはり彼女には西洋人の血が混じっており、そうした知識があったのかもしれない。

 「西洋の妖怪など、よくご存じでしたね。

  淫魔や夢魔という言葉の方が、我が国では馴染みがあるでしょうか。

  基督教の禁欲主義が、その誕生した背景に深く関わっていると言われていますね」

 これは、基督教にかぶれた学友の受け売りである。

 「性に対するタブーが深いゆえ、かえってこうした産物が生み出されるのです。

  大っぴらには禁じられていた性的欲求に対する、心理的な抵抗措置といったところでしょうか」

 いかにも訳知り顔で語った武史だったが――

 「なるほど、そういう考えもあるのですね……」

 魅月の涼やかな笑みが、武史の言葉を軽く受け流した。

 そして彼女は、武史を見据えてこう言ったのである。

 「……ですが、私は思うのです。

  淫魔という存在は、実際にこの世にいるのではないかと……」

 

 

 

 「まさか……な」

 風呂から上がり、寝床につく武史。

 夕食の時の、魅月の言葉を思い返す。

 男と交わり、精を奪う妖怪――そんなものの実在など、考えた事もなかった。

 学術の徒である自分にとって、伝承や怪異とは人間の心を写す鏡なのだから。

 もし淫魔が実在するとすればどうだろう。魅月こそまさに――

 「……何を考えてるんだ、さっさと寝よう」

 やはり今の自分は、魅月の色香にあてられてしまっているようだ。

 武史はそのまま、眠りに就いたのだった。

 

 そして、真夜中――

 ぎしっ、ぎしっ……と、階段を降りる足音。

 それは黒川氏の寝ている部屋に辿り着き、中に入っていく。

 昨夜と全く同じ展開に、武史はやはり目を覚ましていた。

 「うふふ……ふふっ……」

 「あ……うぅぅ……」

 女の妖艶な笑い声と、男の呻き声。

 これは夢か、それとも現実なのか――

 

 「……………………」

 少しの煩悶の後、武史は寝床から身を起こしていた。

 足音を殺し、そっと部屋から出る。

 二人が何をしているのか、こっそり覗いて確かめねばなるまい。

 覗きなど不埒な行為ではあれど、この時の武史にはよこしまな心はなかった。

 今日の昼間のように、疑念を抱き続けたまま二人に接するのは辛かったからだ。

 もしかしたら、病に苦しみ呻き声を上げる黒川氏を魅月が看護しているのかも――

 などと、信じてもいない可能性にさえ思いを馳せてしまう。

 これを白黒つけない事には、もやもやした感じで息が詰まりそうなのだ。

 武史は足音を立てないよう廊下を進み、黒川氏の部屋の前に立った。

 「ふふっ……もっと、もっと……」

 「あぁぁぁ……」

 襖を隔て、二人の声が漏れ聞こえてきている。

 間違いようもなく、艶やかな魅月の声と黒川氏の呻き声だった。

 恐る恐る武史は襖に手を伸ばし、ゆっくりと隙間を空け――

 そこから、中の様子を盗み見た。

 

 襖の隙間から目にしたのは、息を飲むほどに淫靡な光景だった。

 仰向けに横たわる男の上で揺れる、白い女の裸体。

 魅月が上に乗り、淫らに腰を動かしていた。

 その顔は凄絶なまでに妖艶で、まさにこの世のものではない。

 黒川氏の様子は、影が落ちて見えないが――

 微かな呻き声を上げ、魅月の体の下で身をよじっているのが見える。

 「もっと、頂きましょう……うふふっ……」

 「駄目だ、もう……あぁぁぁ……」

 妖艶な囁きと、弱々しい呻き。

 そして、目の前で繰り広げられる痴態――

 もはや、間違えようもない。そして、夢でも幻でもない。/P>

 やはりそれは、秘め事の際に漏れる声。

 親戚だと言っていた、親子ほど年の離れた二人。

 彼らは、夜な夜な男女として交わっていたのだ――

 

 「……………………」

 それを確認した以上、もはや居残って覗き続ける道理はない。

 それに――この交わりは、ひどく忌まわしい感じがした。

 二人は近親だからだろうか。

 それとも、二人の歳が離れすぎているからか。

 もしくは、男が病の身だからか。

 それとも、もっと根源的に禍々しい何か――

 「…………!?」

 武史の背筋に、不意に寒気が走る。

 これ以上、この交わりを見ていてはいけない――そう、彼の本能が警告していた。

 武史は飛び退くように襖から離れ、足音を抑えつつ自室へと戻る。

 そのまま布団を被り、今見たものを忘れたい衝動に駆られた。

 ――あれは、見てはいけないものだ。

 ――目にしてはならない、禁忌の交わりだ。

 そもそも、魅月は何者なのか。

 黒川氏の親戚の娘と言っていたが、それが本当なのかどうかさえ分からない。

 呻き声を上げる男の上で、腰を揺らす魅月の白い裸身――

 淫らな笑みを浮かべる、艶めかしい魅月の姿――

 それは、禍々しさと羨望をもって武史の心に刻まれたのである。

 

 

 

 

 

 そして、翌朝――

 寝床から身を起こすも、武史の心身は優れなかった。

 昨夜に見た光景が、やはり忘れられないのだ。

 黒川氏と魅月が、夜な夜な交わっていた――

 これは夢でも妄想でもない、明らかな事実。

 これから、どんな風にあの二人と接していけばいいのか――

 「失礼します、朝食をお持ちしました……」

 「あっ……は、はい!」

 待っていたように来訪した魅月に、武史は度肝を抜かれたような思いになる。

 うやうやしく膳を運んできた、白く美しい女性。

 目の前の美女が昨夜、黒川氏にまたがって淫らに腰を動かしていた――

 そう考えただけで、武史は息苦しいような心地になる。

 そして、本能的に感じてしまう禍々しさ。

 その理由は、武史にとっても全く検討がつかなかった。

 「お体の調子でも悪いのですか……?」

 武史のぎこちない態度を見て取り、ふと魅月は尋ねる。

 彼は、思わず狼狽しそうになったが――

 「あ、えっと……少し風邪気味かもしれませんね」

 白々しく咳払いをし、誤魔化していた。

 覗いていた事を気取られないよう、つい仮病を装ってしまう。

 「お大事に……ごゆっくり、お体を癒やして下さいませ」

 「あ、はい……いえいえ、長居は致しませんので……!」

 狼狽する武史を可笑しそうに見据え、そして魅月は立ち去っていった。

 その甘い残り香の中に取り残され、彼の心は乱されていくのである。

 

 そして午後――作業は、ほとんど進まなかった。

 昨夜の光景が目にちらつき、書き物がまるで手につかない。

 古文書の文面に目を這わせても、頭に浮かぶのは魅月の裸身ばかりだった。

 その蠱惑的な姿と、破滅的な禍々しさ。

 完全に心が乱され、筆は全く動いてくれない。/P>

 「……少し散歩でもするか」

 気晴らしに、書斎を出た時だった。

 廊下にて、黒川氏と鉢合わせてしまう。

 「く、黒川……さん?」

 その変わり果てた姿を前に、武史は驚愕していた。

 彼は見る影もなくやつれ、痩せこけていたのだ。

 体調が悪いどころの話ではない、もはや死に瀕しているかのようだ。

 彼は歩くのも辛そうな足取りで、よろよろと武史に近づき――

 「……これを受け取ってくれたまえ」

 小さな鍵を、武史へと手渡してきた。

 何の装飾も無い、だが頑丈そうな銀色の鍵だ。

 「えっと……これは何でしょう?」

 「君が使っている文机の一番下の抽斗に、箱が入っている。

  この鍵で、それを開けたまえ」

 「箱って、中に何が……いえ、なぜその鍵を僕に?」

 「よろしく頼むよ……」

 黒川氏には、どこか悟りきった雰囲気が漂っていた。

 彼は、明確に自身の死期を見定めている――そう武史さえ察してしまう程に。

 それ以上は何も言わず、黒川氏は自室へと戻っていった。

 残された武史は、鍵を手に廊下で立ち惚けるのみだった――

 

 書斎に戻った武史は、鍵を抽斗の中にしまい込んだ。

 箱とやらを開ける気には、決してなれなかった。

 あの黒川氏の痩せ衰えた容貌を見るにつけ、ひどく不吉な感じがしたのだ。

 どうやら自分は、深みにはまっていっている。

 得体の知れない何かに、足どころか腰まで捕らわれてしまっている。

 普通なら、さっさとこの家から退散するところだが――

 なぜか、それさえ出来なかった。

 早くここから逃げようと思うたび、魅月の裸身が浮かぶ。

 男の上で淫らに腰を振る、あの姿が――

 まるで心が、この家に――いや、魅月に囚われたかのようだ。

 こうして武史は、ぐずぐずと黒川邸に残り続けたのである。

 

 

 

 

 

 ――真夜中。

 武史は目を覚ますと、足音を殺して隣の部屋に向かい――

 そして息を潜め、襖の隙間から中の様子をうかがう。

 「うふふふっ……」

 「あ……うぅぅ……」

 これで、三夜も連続。

 黒川氏の上で、魅月の白い裸身が躍る。

 その光景に引き寄せられるように、武史は隙間から覗いていた。

 あんな風に、魅月に乗られたい――

 魅月に犯されたい――

 いつしか、そう思うようになっていたのだ。

 

 「さあ、私の中で果てて下さいませ……」

 「う、おぉぉっ……」

 黒川氏の体が、ぶるぶると痙攣しているのが暗くても分かる。

 そして武史は、奇妙なものを見た。

 魅月の体が、淡い光を放っている。

 ずきゅっ、ずきゅっ……と、精気を吸い取っているかのようだ。

 性交を通じて、男の精を吸い取る魔物――

 淫魔、という言葉が武史の脳裏に蘇る。

 「まさか、本当にいるなんて――」

 口から出そうになる言葉を、武史は慌てて飲み込んでいた。

 目の前の光景から、目を逸らす事ができない。

 魅月はまるで、黒川氏を貪っているかのよう。

 ああやって毎晩のように精気を奪い、そして彼は日に日に衰えていったのだ――

 「ふふふっ……気持ち良いでしょう……

  さあ……あなたの全てを、私の中に捧げなさい……」

 「はぅ……あぁぁぁ……」

 魅月の体から立ち上った光が、ゆらゆらと揺れる。

 ずきゅっ、ずきゅっ、ずきゅっ……と、飲み下すような音が激しくなる。

 黒川氏はガクガクと悶え――その体が、不意に力を失った。

 両手が床に投げ出され、ぴくりとも動かなくなる。

 彼の顔は見えないが――その手足は痩せ衰え、胸には肋骨が浮いているのが見えた。

 骨と皮になった有様は、まるでエジプトの木乃伊のようである。

 

 「うふふっ……最期の一滴まで、頂きました……」

 動かなくなった黒川氏にまたがったまま、魅月はひときわ妖艶に笑う。

 そして、こちらを――

 次の瞬間、武史の体に戦慄が走った。

 魅月は、襖から覗いている武史の方に視線をやったのだ。

 じゅるり……と、艶めかしい舌が彼女の唇に這う。

 まるで、次の獲物を見定めたかのような舌なめずり。

 「あ――」

 その瞬間、武史は襖から飛び退いていた。

 そして足音を殺す事も忘れ、自室へと駆け込む。

 頭から布団を被り、そして子供のようにぶるぶると震えるのみ。

 

 ――見られた。

 ――気付かれた。

 

 頭の中で、ぐるぐると回る恐怖。

 男一人を干物に変えた禍々しい光景が、脳裏にちらつく。

 しかし、しばらく経っても魅月が追ってくる様子はなかった。

 どうやら、二階にある自分の部屋に戻ってしまったらしい。

 「あれは……いったい……」

 夢であってくれ――と、武史は願う。

 黒川氏は魅月に精気を吸い取られ、干物になってしまった。

 あれで、生きているはずもない。

 黒川氏は、魅月に搾り殺されてしまったのだ。

 それを知っているのは、自分だけ――

 その夜、武史は一睡もできなかった。

 

 

 

 

 

 そして、朝――

 武史は、ゆっくりと布団から体を起こす。

 すると、それを待っていたかのように襖が開き――

 「失礼します……」

 「ひっ……!」

 身構える武史の前に現れたのは、やはり魅月だった。

 昨日や一昨日と同じく、朝食の膳を持っている。

 「やはり、体のお加減が悪いのですか……?」

 怯えた様子の武史に対し、魅月は優しい言葉を掛けた。

 まるで、昨晩のあの出来事などなかったかのように。

 武史が覗いていた事に、気付いていたはずなのに――

 「は、はい……少しですけど……」

 もしかして、あれは自分の夢だったのだろうか。

 慣れない布団で、毎晩のように淫らな夢を見ていたのだろうか――

 「それは、お大事に……ゆっくり休んで、癒して下さいませ」

 朝食の支度を整え、魅月は腰を上げる。

 そして部屋から出る直前に、今思い出した事のように言った。

 「それと――郷吉さんは、急用で故郷に帰りました。

  あなたには、ずっとこの家にいてもらって良いとの事です」

 「え……!?」

 武史の脳裏によぎったのは、干涸らびた黒川氏の姿。

 どう見ても、あれで生きているようには見えない。

 故郷に戻ったという話だが、実際のところは――

 「……よって郷吉さんは不在となりますが、変わりなく滞在なさって下さいませ。

  武史様のお世話は、今後も私が致しますので――」

 そう言い残し、魅月は書斎を後にする。

 返事も出来ないまま、武史は部屋で惚けるのみだった。

 

 

 

 当然ながら、作業など手につくはずもない。

 村の風習について少しまとめようとしたが、すぐページを破いて捨ててしまった。

 早くこの家から立ち去った方がいいのは、誰が見ても明らかである。

 だが、出立の準備をする気が全く起きないのだ。

 それも、魅月の魔性ゆえか。

 武史はただ狼狽し、心を乱し、そして結局のところ動こうとしなかったのである。

 「そう言えば、あれは……」

 ふと武史の心によぎったのは、昨日黒川氏から譲られた謎の鍵。

 やはり彼は、自分がこうなる事を予期していたのだろうか――

 武史はあらためて鍵を取り、箱があるという抽斗を開ける。

 そこから出てきたのは、いかにも頑丈そうな書類箱。

 鍵を開けると、中から出てきたのは土地や建物の権利書などの重要書類だった。

 「なぜ、これを僕に――」

 死の直前に、これを渡すという事は――権利を譲るという事だろうか。

 確か彼には、魅月以外の家族はいないという話だった。

 しかし武史は、数日前まで黒川氏と面識もなかった学生に過ぎない。

 にもかかわらず、なぜ自分に相続させようなどと思ったのか――

 

 「ん? これは……」

 書類に紛れ、一枚の写真が入っていた。

 この黒川邸の前で、男女が仲睦まじげに並んで映っている。

 女の方は、紛れもなく魅月。

 その白い美貌を、写真の中でも惜しみなく振るっている。

 だが、その隣にいるのは見たこともない男性だった。

 年齢は四十代から五十代ほど、恰幅が良く柔和そうな男性。

 魅月の肩に手を置き、その親密さが窺える。

 彼が黒川氏の親戚で、魅月の父親だろうか――

 写真を裏返すと、そこには撮影場所と人物名が書かれていた。

 

 『黒川郷吉と魅月、黒川邸前にて』

 

 「え……!?」

 写真に写っている男が、黒川郷吉?

 武史が会ったこの家の主とは、顔も体格も全く違う。

 体型の変化では説明がつかず、間違いなく別人である。

 この写真の男こそが、黒川郷吉と言うならば――

 自分がこの数日間、黒川氏と思い込んでいた人物はいったい何者だ?

 

 「彼は、この地方の歴史や風習に興味を持っていた男性――

  郷土史家である郷吉さんの元に、客として来訪した方なのです」

 「…………!?」

 いつの間にか、魅月が背後に立っていた。

 武史は思わず度肝を抜かれたが、その語った内容も驚愕だった。

 「すると……あの人は、黒川郷吉を騙った偽物!?

  それじゃあ、本物の黒川氏は……?」

 「……本物の郷吉さんは、十年前に亡くなりました。

  その時に客人として滞在していた彼が、黒川郷吉としてこの家に住んだのです」

 「なんて事だ……」

 それが、武史の会ったあの男の正体。

 彼は黒川郷吉を演じ、十年もの時を過ごしたのである。

 昨日、魅月に精気を吸い尽くされて力尽きるまで――

 「でも、他人が別人に成り代わるなんて……」

 本当に、そんな事が可能だったのだろうか――

 いや、黒川郷吉はかなりの人嫌いで通っていた。

 来客に顔さえ見せないのも、思えば正体を隠すためか。

 それに彼自身も郷土史に嗜みがあり、ボロを出す可能性も少ない。

 外に出るような用事は魅月に任せ、自身は家にこもっていた。

 こうして十年間、彼は黒川郷吉になりおおせてきたのだ。

 「でも、魅月さんは……なぜそれを、黙って……」

 こんな成り代わり、魅月が全面的に協力しなければ不可能だ。

 それに、もう一つ疑問がある――

 「なぜ彼は、僕に会ったんだろう……

  そればかりか、滞在まで許すなんて……」

 自分は愚かにも全く気付かなかった訳だが、偽黒川氏にとって危険な冒険だっただろう。

 手紙が来ても突っぱね、それこそ門前払いにするのが当然のはずだ。

 にもかかわらず、実際は腑に落ちないほどの厚遇。

 いったい、偽黒川氏にどういう意図があったのか――

 「……因果は巡ります、だからなのでしょう」

 魅月はそう言い、静かに立ち去っていった。

 武史は、彼女の残り香と共にたたずむのみだった――

 

 そして――訳の分からないまま、夜が来た。

 なぜ、ただちにここから立ち去らなかったか――人はそう、武史の愚かさを嗤うかもしれない。

 しかし武史は、すっかり魅入られていたのだ。

 もはや、この家から出る事など出来るはずもなかった。

 ただ魅月の運んでくる夕食に手を付け、そして寝床に就く。

 数々の疑問と破滅的な予感を抱えながら、彼は眠りに落ちるのだった――/P>

 

 

 

 

 ぎしっ、ぎしっ……

 階段を降りる、静かな足音。

 武史はたちまち目を覚まし、そして戦慄していた。

 黒川郷吉――いや、その名を騙っていた男はもういない。

 だから、無人となっている彼の部屋に用はないはずだ。

 だとしたら、魅月は――

 

 ぎし、ぎし……

 階段から廊下を進み、近づいてくる足音。

 武史の胸が激しく高鳴り、息が苦しくなる。

 次に、魅月の餌食にされるのは自分。

 偽黒川氏のように、魅月に乗られ、精気を吸い取られ――

 

 すぅっ……と、襖が開いた。

 そこに立っていたのは、白く妖艶な裸身。

 一糸まとわぬ魅月の姿が、そこにあった。

 「ひぃっ……!」

 布団に入ったまま、武史は上擦った悲鳴を上げる。

 だが、逃げる事などできるはずもない。

 もはや彼は、魔性の存在に完全に魅入られてしまった獲物なのだから――

 「ふふふっ……」

 妖艶な笑みを浮かべ、魅月は布団の中で震える武史にひたひたと歩み寄った。

 「あ……あぁぁぁ……」

 蛇に睨まれた蛙のように、武史はそれを見ている事しかできない。

 これから彼女に乗られて、精を吸い取られるのだ。

 そして最期には、偽黒川氏のように涸れ果てて――

 「怯えないで下さい……天国が味わえますから……」

 そう囁きながら、魅月は布団を横に除けた。

 下の寝間着も脱がされ、すでに大きくなっている肉棒がさらされる。

 それに目を留め、魅月はくすり……と笑った。

 「もう、こんなにしてしまって……何をされるか、分かっているのですね」

 魅月はそのまま、武史にゆっくりとのしかかってくる。

 その時、彼はようやく悟った。

 自分はずっと、魅月に乗られる事を夢想していたのだ。

 初めて、あの行為を目にして以来――

 魅月に犯してもらう事を、心の奥底で切望してきたのである。

 「あ、あぁぁぁぁ……」

 彼の肉棒に添えられた、魅月のしなやかな手。

 そのまま彼女は、自身の秘部に肉棒を導いていく。

 ゆっくりと腰を落とし、密壺へと男茎を納め――

 「あ……あぁぁっ!」

 柔らかく熱い心地に包まれた時、武史は声を漏らした。

 とうとう、魅月に犯されてしまったのだ。

 きゅぅっ……と柔肉が男根をくるみ込み、甘く締め付ける。

 どろどろの膣内で、熱く蕩かされているかのようだった。

 「あ、あぁぁぁぁ――!!」

 ひときわ大きな声を上げ、武史は体を震わせた。

 同時に、肉棒がびくびくと脈動を始め――

 

 どくっ……どくどく、どくん……

 

 魅月の肉壺へと、あっけなく白濁を吐き出していた。

 男根が溶かされるような快感で、たちまち発射してしまったのだ。

 「あら……もう果てたのですか。お早いのですね、ふふっ……」

 魅月は上に乗ったまま、くすくすと笑う。

 「まだ吸ってもいないのに、お気が早いこと……」

 「うぅぅっ……」

 魅月の肉壺が、甘く妖しくうねる。

 射精直後のペニスに絡みつくように、ざわざわと膣内のヒダが蠢く。

 亀頭を舐め回し、さらなる発射を促しているかのようだ。

 「うふふっ、どうです……? 極上の心地でしょう……」

 「はうっ、うぅぅっ……」

 あまりの気持ち良さに、武史は呻き声しか返せない。

 膣壁が甘く収縮し、肉棒全体を揉み解す。

 ヒダが波打つようにうねり、亀頭を狂おしく刺激する。

 かと思えば柔肉全体がぎゅぅっと狭まり、男根を狂おしく締め付けてくる。

 まさに、魔性の名器。

 魅月の女性器は、男を蕩かし搾り取るための器官そのものだった――

 

 「では、精を吸い取りますね……」

 「はぅ……あぁぁぁ……」

 魅月の体から、淡い光が立ち昇る。

 ずきゅっ……ずきゅっ……と膣内が吸着し、生命そのものを吸い上げられているようだ。

 「ひぃっ……嫌だぁ……」

 「ご心配なく……一晩のうちに、一気に搾り殺したりはしません。

  毎晩、少しずつ……じわじわと……うふふっ……」

 「そ、そんな……あぁぁっ!」

 膣内が艶めかしくうねり、肉棒に極上の快楽を与える。

 天にも昇るような快楽を、武史は味わい――

 

 どくん、どくどく……どくっ……

 

 精気を吸い取られながら、精液を魅月の膣に捧げていた。/P>

 発射するたびに、段々と力が抜けていく。

 射精に伴う脱力感とは、また異なる感じ。

 生命力のようなものが、魅月に奪われているのだ――

 「あぁぁ……こ、こんなぁ……」

 「うふふふふっ……」

 破滅的な快楽だと分かっていても、武史は抗えない。

 いかなる男も、もはや抜け出す事はできないだろう。

 妖しくうねり、男性器をじっくり搾ってくる魅月の膣。

 そんな魔性の名器に、自分のモノが咥え込まれてしまっている――

 「す、すごい……あ、あぁぁぁ……!」

 

 どく、どく……どくん……

 

 射精するたびに、吐き出される精液の量が少なくなる。

 それに反比例するように、脱力感と恍惚感は増していった。

 魅月は妖しく腰を動かし、じっくりと犯してくる。

 ずきゅっ、ずきゅっ、ずきゅっ……と、甘く狂おしい柔肉の脈動が肉棒を搾る。

 そのたびに精気が吸い上げられ、生命力が奪われ――

 

 どく、どくん……

 

 そして、精液まで搾取されていくのだ。

 「ひぁ……あぁぁぁ……」

 「うふふ……ふふふっ……」

 心が、甘くとろけていく。

 この身の全てを、魅月に捧げたくなる。

 吸い取られていく感覚が、体の芯から甘く蕩かし――

 

 どく……どく……

 

 「ぁ……ぅぅ……」

 魅月に乗られたまま、武史は意識を失ってしまった。

 「うふふっ……今夜はこれで、休んでもらいましょうか……」

 魔性の夜は、こうして終わりを告げたのである。

 しかしそれは、何度も続く吸精の夜の始まりに過ぎなかった――

 

 

 

 

 

 そして翌朝、武史は目を覚ました。

 支度を終えた頃を見計らい、魅月は朝食を運んでくる。

 まるで、甲斐甲斐しく尽くす妻のように――

 それを武史は、どこか諦観したように眺めていた。

 自分はいずれ、この女性に吸い尽くされるのだ。

 それまで、逃げることなど適わない。

 自分の心は、この家の中に捕らわれているのだから――

 おそらく、黒川郷吉を名乗っていたあの男もそうだったのだろう。

 

 「武史様、手紙が届いています……」

 午後に魅月が手渡してきたのは、黒川郷吉への手紙。

 どこかの図書館に、蔵書の寄贈を願うといった内容だった。

 よければ、この家に足を運んで挨拶したいとも――

 それに対し、武史は断りの手紙を返した。

 黒川郷吉として返信したという事は、事実上彼の名を騙ったという事だ。

 武史もまた、黒川郷吉としてこの邸宅で暮らす事となったのである。

 

 

 

 

 

 ――そして、十年もの月日が流れた。

 武史は黒川郷吉として過ごし、来客のほとんどを断った。

 元より郷吉の交友関係は非常に狭く、縁者もほぼいない。

 それに外での用事は、全て魅月がやってくれた。

 だからこそ、入れ替わりが発覚する事もなかったのである。

 

 もちろん、魅月には毎夜のように精を捧げ続けた。

 彼女と交わり、精気を捧げ、精液まで搾取される。

 魅月の言った通り、一気に搾り殺されたりはしなかった。

 だが、毎夜のように搾取されれば――徐々にだが、体はやつれていく。

 いつしか武史はすっかり痩せこけ、皮膚の張りも失われ、皺や白髪が多くなる。

 そうなると、本来の歳よりもかなり上に見えるようになった。

 皮肉な事に、黒川郷吉を演じる上では支障がなくなっていったのだ。

 本来なら黒川郷吉は二回りも上の年齢のはずだが、顔さえ知らない相手ならば疑われもしないだろう。

 

 そして十年目、彼の元に一通の手紙が届いた。

 送り主は、東京の大学に通う民俗学専攻の学生。

 この家にある貴重な史料をぜひ見たく、また郷土史家である黒川郷吉の話を聞くため来訪したいという。

 それに対し武史は、承諾の返事を送っていた。

 

 

 

 「……申し訳ないが、あまり体調が芳しくなくてね。

  講釈など体に堪える、悪いが遠慮させてもらうよ」

 黒川邸へと来訪した若き学生に対し、武史はそう切り出した。

 彼の面持ちに、不安の色が広がったが――

 「……だが、蔵書や史料は好きに見るといい。

  部屋を用意しよう、何日か滞在していきなさい」

 そう告げると、ぱっと明るくなった。

 こうして学生は、この家に滞在する事になる。

 そう、いよいよその時がやって来たのだ――

 

 

 

 

 

 ぎしっ、ぎしっ……

 

 階段を降りる、静かな足音。

 いよいよ、今日が最期の夜。

 魅月に、全てを吸い尽くされてしまう夜。

 武史は寝室で、ただ彼女の訪れを待った。

 足音は廊下を進み、そして部屋の前で止まり――

 静かに、襖が開く。

 そこに立っていたのは、魅月の白い裸身。

 この十年、何度も繰り返されてきた夜。

 そして、今日で終わりとなる夜。

 

 「あの学生さんに、鍵を渡しましたよね……」

 「ああ……」

 艶めかしい笑みを浮かべ、魅月は武史に歩み寄る。

 そしていつものように、彼の上にまたがってきた。

 「この時を、あなたも待っていたのでしょう……?」

 「ああ……」

 魅月に乗られ、人生を終える――

 こうなる事は、ずっと分かっていたのだ。

 「なら……今夜、あなたの全てを頂きましょう……」

 魅月の手が男根に添えられ、秘部へと導いてくる。

 そのまま、ゆっくりと腰が落とされ――

 にゅるっ……と、熱い肉壺に武史のモノが潜り込んだ。

 これまで、何度となく彼の精を搾り上げてきた魔性の膣。

 今夜いよいよ、この中に生命が吸い尽くされてしまうのだ――

 

 「うふふっ……」

 じっくりと、魅月は腰をくねらせた。

 武史の上に乗ったまま、弄ぶように腰を動かす。

 その動きは、膣内に捕らわれた男根に対する艶めかしい刺激となった。

 柔らかな膣肉がカリ首を擦り上げ、摩擦刺激を味わわせる。

 亀頭が狭い膣洞を分け入る感覚が、腰を弾ませるたびに何度も与えられる。

 魅月の腰遣いは、たちまちにして彼の肉棒を甘く痺れさせ――

 「う……あぁぁっ!」

 あっという間に、武史は膣内へと精液を吐き出していた。

 生命の素が、どくどくと魔性の女性器に捧げられる。

 「うふふっ……堪え性のない方……

  どうせ全て搾り出されるのですから、そう焦らずとも良いものを……」

 「う、うぅぅ……」

 魅月の膣の中で、これまで一分持ったためしがない。

 それ程までに、魅月の名器は心地よかった。

 「それでは、一滴残らず吸い尽くして差し上げましょう。

  さあ、私の中で果てて下さいませ……」

 「あ……あぁぁぁぁ……!!」

 魅月の体から、淡い光が立ち昇る。

 ずきゅっ、ずきゅっ……と、膣内が狂おしく脈動する。

 甘く痺れるような感覚が、腰の芯を蕩けさせ――

 

 どくっ……どく、どく、どく……

 

 たちまちのうちに、武史は精液を放出していた。

 それでもなお、魅月の膣は貪欲に男根を貪ってくる。

 ぐちゅぐちゅとうねり、甘く精を吸い上げてくるのだ。

 「あ、あぁぁぁ……」

 「ふふふっ……気持ち良いでしょう……

  さあ……あなたの全てを、私の中に捧げなさい……」

 「はぅぅぅ……あ、あぁぁぁぁ……」

 艶めかしく上下する、魅月の腰。

 肉棒が熱い膣肉で扱き抜かれ、嫐りたてられる。

 天にも昇るような快楽に、武史は体を震わせて悶え――

 

 どく、どく、どくん……

 

 さらに大量の精を、魅月の膣内に放出していた。

 それと同時に、生命そのものも魅月に奪われていく。

 射精すれば、体から力がどっと抜けていくのだ。

 その脱力感は、これまでの夜とは比較にならない程だった。

 「ぁ……ぁぁぁ……」

 「うふ……ふふふっ……」

 明らかに許容量以上の精気が、魅月に搾り取られていく。

 魔性の膣内に、生命が白濁となって吐き出されていく。

 その代償として、命と引き替えとなる禁断の快楽を味わう。

 

 ――このまま、魅月に精を搾り尽くされるのだ。

 ――魅月の餌食となり、涸れ果ててしまうのだ。

 

 精を搾取されながら、武史は本望とも言える心地を味わっていた。

 生命そのものを、魅月に捧げるという悦び。

 精を吸ってもらい、魅月の養分になれるという悦楽。

 それは、ずっと待ち望んでいた快楽でもあった。

 「ぁ……ぁ……」

 武史は悦びに浸りながら、何度も何度も果てる――

 昇天するような恍惚感が、全身を蝕んでいく――

 意識は薄れ、体には力が入らない――

 そして、精を魅月の膣へと出し尽くし――

 

 「うふふっ……最期の一滴まで、頂きました……」

 「……………………」

 最高の快楽を味わいながら、武史は魅月に乗られたまま昇天した。

 魔性の妖女に精を根こそぎ搾り尽くされ、干涸らびた屍と化したのである。

 

 そして魅月は――

 襖の隙間から覗いている学生に、舌なめずりを見せ付けた。

 

 



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