誘う黒蜘蛛


 

 「今夜、俺は紬の元に夜這うぞ」

 辰郎の言葉に、残る三人は仰天した。

 彼が、あの美しい後家に惹かれている気配はあった。

 しかし、そこまで思い切った事を言い出すとは――

 村の寄り合い所に集まった青年達は、思わず押し黙ってしまった。

 

 「やめとけ、辰。他の女はともかく、あの紬はやばいぞ」

 そう言ったのは、一同の中でも特に肝の据わった吾兵衛だった。

 子供の頃から様々な武勇伝を打ち立てた彼でさえ、紬の名が出ると退け腰となる。

 「そうだよ、辰ちゃん……紬さんだけは、やめた方がいいよ」

 続けて、おどおどと口にしたのは清太。

 幼い頃の肝試しでも裏山の探険でも、彼の定位置は一番後ろ。

 武士ならばしんがりは誉れだが、農家の倅である彼らにとっては意気地無しの定位置だ。

 しかし今回ばかりは、意気地無しの彼の意見がもっとも妥当だ――そう、佐吉も思っている。

 「思い直せよ、辰。紬さんは――」

 言いかけようとしたが、佐吉は言葉が継げなかった。

 ――禍々しい。

 ――忌まわしい。

 流石に、そこまで口にするのはためらわれたのだ。

 何しろ、あの紬という後家は――

 

 

 

 黒い女、それが佐吉の第一印象だった。

 まるで喪服のような、真っ黒い服。

 細い手足とくびれた腰に、不釣り合いなほど豊満な胸。

 腰まで伸びた、黒く綺麗な髪。

 そして、息を飲むほどの美貌。

 その黒い女は、村の男達の視線を一気に集めた。

 それでいながら、紬に言い寄る事はおろか、話し掛ける男さえいなかった。

 彼女が珍しく道を行けば、男達はただ距離を取り、遠巻きに見ているだけだった。

 その理由は、明らかだった。

 紬の美しさは、あまりにも禍々しすぎるのだ。

 この平凡な村には、そして純朴な村男達にも、全く見合っていない。

 さしずめ、中国の古代王朝を破滅させたという傾国の毒婦。

 男ならば、彼女を一瞥しただけで本能的に察するだろう。

 紬は、関わる男全てを破滅させる魔性の女だと――

 

 紬がこの村に流れてきたのは、去年の話だった。

 噂に寄れば、紬は身分の高い男の妻だったという。

 しかし夫に離縁され――いや、死別したという話もあるが、彼女は若くして行き場のない身となった。

 そんな紬を引き取り世話したのが、彼女と何らかの縁があったという村の先代住職である。

 それから間もなく、先代住職は怪死。

 後を継いだ現住職は紬を放逐し、今の彼女は村外れのあばら家に独り棲んでいる。

 たった独り、どうやって生計を立てているのか誰も知らない。

 ただ紬は、そう広くもない家で深く静かに暮らしていた。

 

 

 

 「あの紬の、男を持て余した体――あれを見ると、奮い立つんだよ」

 そう言った辰郎だが、その下卑た言葉ほどには奮い立っていないように見える。

 彼自身も、かなりの逡巡の後に夜這いを決意したようだった。

 佐吉は、辰郎の想いは表向きの言葉ほど浅薄ではないと察していた。

 思えば彼は、よく紬の事を話題にしていたのだ。

 そして通りで紬を見掛けた際は、何事か話し掛けようとしていた事を思い出す。

 ほとんどの場合、口の中で何かを呟くばかりで、不発に終わっていたが――

 意気地がない、などと佐吉は思わない。

 他の村娘などと比較にならないほど、あの紬は別格なのだ。

 村一番の肝っ玉を誇る吾兵衛でさえ、紬が通った時は慌てて道を空ける。

 清太など慌てて目を逸らし、まるで妖魔の類に接するかのようだ。

 かくいう自分とて、紬を見れば思わず息を止め見入ってしまう位だ。

 あの後家を正面から口説ける男など、この世にはいないに違いない――

 

 「だから今晩、あの体を味わってくるぜ。

  楽しみに待ってろ、結果はちゃんとお前達にも教えてやるからよ」

 純朴な辰郎の、軟派者染みた空威張りは続く。

 「いや、紬だけは止めとけよ!

  女は山ほどいるじゃないか、あいつには関わるな!」

 剛胆だが単純な吾兵衛は、辰郎の心中など察せられず押し止めた。

 もちろん彼も彼なりに、親友の事を思いやっているのだ。

 「いや、もう決めたんだ。お前達が何を言おうと、俺は行くからな」

 「ダメだよ、辰ちゃん! 道真さんみたいに、取り殺されるよ!」

 清太など、もはや紬を妖怪扱いだった。

 なお道真とは、紬をこの村に導いた先代住職のこと。

 彼の怪死により、紬は触れば仇なす妖怪のごとき扱いを決定付けたと言える。

 

 「……止めても無駄だろ、吾兵衛、清太。辰はもう心を決めたみたいだ」

 彼なりに逡巡した末の決意であったからこそ、もはや心変わりはしないだろう。

 そう思った佐吉は、辰郎に賛同することにした。

 「でも……」

 清太は泣きそうな顔で、辰郎を見る。

 小さい頃から泣き虫で通ってきたが、二十歳が近くなってもこの顔だ。

 それに毒気を抜かれたのか、吾兵衛は諦めたようにふぅと息を吐いた。

 「仕方ないな……じゃあ、男になってこいよ」

 「ああ!」

 力強く頷く辰郎。

 佐吉も吾兵衛も賛同したとなっては、もはや清太も異論を唱えるべくもない。

 何か言いたそうに口を動かしたが、結局は黙り込んでしまった。

 こうして、農作業が終わった後の青年達の集いは解散となったのである。

 佐吉達は、村の寄り合い所からそれぞれの家へと戻っていった。

 

 この時に辰郎を止めていれば、後の災いは防げただろうか。

 いや、すでに彼らは魔性の巣にたぐり寄せられ、末路は変わらなかったに違いない――

 

 

 

 その夜――

 

 佐吉は、暗い森を歩いていた。

 なぜ、こんな場所をさまよっているのか分からない。

 自分が、どこに行こうとしているのかも分からない。

 それを疑問にも思わぬまま、佐吉は木々の間を縫って歩く。

 

 ――がさがさっ。

 

 不意に、背後の茂みから音がした。

 慌てて振り返った佐吉の目に映ったのは、巨大な蜘蛛。

 胴体だけでも、人間並みの大きさがある。

 その長い足を大きく広げた様は、まさに醜悪で異様だった。

 「あ……わぁぁぁぁっ!」

 あまりの恐怖に、脱兎の如く逃げ出そうとする佐吉。

 不意に、その足にネバネバした何かが絡み付く。

 それは、蜘蛛の糸だった。

 いつの間にか足下には、蜘蛛の巣が張り巡らされていたのだ。

 「う、あぁぁっ……!」

 粘糸に足を取られ、佐吉はその場に倒れてしまう。

 腕にも体にもネバネバの糸が絡み、たちまち動けなくなった。

 もがけばもがくほどに、粘糸が絡み付いていく。

 じたばたと足掻くほどに、佐吉は蜘蛛の巣に絡め取られていった。

 そして――

 

 じりじりと、もがく佐吉に迫る巨大な蜘蛛。

 その腹部が、ぱっくりと口を開ける。

 粘糸がびゅるっと吹き出し、佐吉の体へと吐き掛けられる。

 蜘蛛は佐吉の体を、巧みにぐるぐると巻き取っていった。

 子供の頃に目にした、蝶や蟻が蜘蛛の糸で巻かれるように――

 自分も、この巨大な蜘蛛にぐるぐる巻きにされているのだ。

 「あ……あ、うぅぅっ……!」

 全身が、みっちりと粘糸に巻き上げられる。

 ネバネバでありながら、強靱な糸で身動き一つできなくなる。

 惨めな虫のように、蜘蛛の糸で繭にされ――

 そして――

 

 「い、嫌だ……あ、あぁぁぁっ……!」

 蜘蛛の醜悪な頭部が、佐吉へと迫る。

 びっしりと複眼の並ぶ、見るもおぞましい顔。

 なぜかそれが、佐吉には女の顔に見えた。

 異形の口腔が、じっくりと近づき――

 佐吉を、餌食に――

 

 

 

 

 

 「あぁぁっ……!」

 悲鳴を上げて跳ね起きた佐吉を迎えたのは、柔らかな朝の日差しだった。

 今のは夢である事に思い至るまで、しばらくの時を要した。

 「な、なんで……あんな不気味な夢……」

 自分が虫のように、巨大な蜘蛛に食われる夢。

 震えるほどおぞましく、そしてなぜか蠱惑的な――

 

 「た、大変だ……! 佐吉! おい、佐吉!」

 家の戸を乱暴に叩き、返事をする前に清太が駆け込んできた。

 いつも遠慮がちな彼とは、まるで別人のような慌てぶり。

 朝の支度をしていた佐吉は、その無礼さに怒るよりも先に凶事を察していた。

 「いったい、何があったんだ――」

 「辰ちゃんがいない! 煙のように消えたんだ!」

 血相を変え、清太はそう叫んだのだった。

 

 その直後に吾兵衛も駆け付け、三人が揃う形となった。

 朝の支度もそこそこに、佐吉は彼らから事情を聞く。

 どうやら、辰郎の姿が村のどこにも見当たらないらしい。

 夜更けに出かけたのを最後に、いずこかへと消えてしまったのだという。

 「これは、アレだよな。やっぱり、紬の所に夜這いに行って……」

 吾兵衛の言葉に、清太は息を飲んだ。

 辰郎が、唐突に夜逃げをする理由などどこにもない。

 やはり夜更けに出かけたのは、予告通り夜這いをするためだろう。

 しかし、そこから帰って来ないとなると――

 

 「……行きか帰りに、事故に遭ったのかもしれないな」

 最初に思い立った事は口にせず、佐吉は言った。

 「もちろん、そう考えて入念に探したんだ。

  畦道や井戸はもちろん、離れの川まで調べたんだぜ。でも、どこにもいないんだ」

 吾兵衛も、第一に思い浮かんだであろう可能性には触れようとしない。

 「なら……人さらいに連れて行かれたってのは?」

 「冗談抜かせ。金も大して持ってない、大の男をさらう馬鹿がいるか」

 「なら――」

 「紬さんだ……紬さんに夜這いをかけて、そのまま……」

 不意に、清太はそう口走った。

 それは佐吉も吾兵衛も最初に思い至りながら、あえて口にしなかった事だ。

 「馬鹿言うな、清太ぁ!」

 吾兵衛は、不安を振り払うように大声を上げた。

 「なら何だ、辰は紬に食われちまったとでも言うのか!

  あの馬鹿でかい蜘蛛の餌食にされたみたいに――」

 そこまで言って、吾兵衛は慌てて口をつぐんだ。

 清太は、そして自分も、目を見開いて押し黙る。

 その時、佐吉は思った。

 昨晩の、巨大な蜘蛛に襲われる悪夢――

 あれを、吾兵衛も佐吉も見たのではないか?

 

 「……確かめに行くぞ」

 沈黙を破り、吾兵衛は言った。

 そして、佐吉と清太の顔を見回す。

 「辰は、間違いなく紬の元へ夜這いに行ったんだ。

  なら、あの女が知ってるはずだ」

 「い、嫌だぁ!」

 すかさず拒絶の悲鳴を上げたのは、清太だった。

 「そんなの、僕達まで餌食にされるよ!

  あの家に行くなんて、そんな――」

 「それで吾兵衛、紬に何て聞くんだ?

  『あなた、夜這いを受けましたよね?』なんて言うのか?」

 清太を落ち着かせる意図も兼ね、やんわりと佐吉は口にする。

 「そ、それは……まあ……聞くしかないだろ」

 途端に口調があやふやになる吾兵衛。

 あの魔性の女を前にして、そう詰問できるかは大いに疑問だ。

 「だからって、放っとくのかよ!

  辰は、間違いなく紬の元に行ったんだぞ!」

 「……ああ、確かにそうなんだけどなぁ」

 もし、紬が何かをしたのだとしたら――

 それを彼女に問い質したとて、喋るとは思えない。

 だが吾兵衛の言う通り、放置しておけるはずもなかった。

 「お前達が愚図るなら、俺は一人でも行くからな!」

 「待て、僕も行くよ。一応、紬さんに話を聞いてみよう」

 このままでは、吾兵衛は本気で紬の家に殴り込んでしまうだろう。

 気は進まないが、佐吉も同行するしかなかった。

 「ぼ、僕は……」

 「誰も、お前に期待しちゃいねぇよ」

 吾兵衛は、怯えきった様子の清太に吐き捨てる。

 清太はただ視線を床に落とし、黙りこくっていた。

 「じゃあ行くぞ佐吉、あの女が村から逃げないうちにな」

 「……………………」

 いつの間にやら、吾兵衛の中ではすっかり紬が犯人扱いだ。

 かく言う自分とて、彼女が関わっていないはずがないと内心は確信しているのだが――

 こうして佐吉と吾兵衛は、紬の家へと向かった。

 

 

 

 「おい、紬!」

 戸をどんどんと叩き、吾兵衛は荒々しく叫ぶ。

 紬に対して退け腰だった彼だが、さすがに友人の生死が関わるとなれば話は別だった。

 しかしどれだけ戸を叩いたところで、家の中から人が出て来る気配はない。

 「ひょっとして、留守なのかな……?」

 「どうせ、居留守使ってやがんだよ!」

 佐吉の言葉をはね除け、吾兵衛はなおも戸を叩く。

 端から見ていて、このまま戸を壊してしまわないか不安になってしまう程だったが――

 「……畜生、駄目だ。出てこねぇな」

 腕が痛くなるまで戸を叩いた後、ようやく吾兵衛は息を吐いた。

 「紬さん、やっぱり留守なんだよ」

 「留守です、ああそうか、で済む話かよ!

  人が一人消えてるんだ、どこかに逃げてったのかもしれねぇな」

 そう言いながら、吾兵衛はきょろきょろと周囲を見回した。

 まさか、そこらの草陰に紬が隠れているわけでもあるまい。

 付き合いの長い佐吉は、すぐさま吾兵衛の意図に思い至った。

 何か手頃な道具を探し、戸を打ち破るつもりなのだ――

 「おい待て、吾兵衛。早まるなよ」

 「止めるな、佐吉! 紬を引きずり出して、辰をどうしたか聞いてやる!」

 流石にそれは、やり過ぎだ。

 予感はあっても、確証ではないのだ。

 ここで無茶をすれば、自分達の方が狼藉者となってしまう。

 「落ち着け、落ち着くんだ吾兵衛……」

 「でもよ……!」

 「全部、村長に言うんだ。俺達だけじゃ無理だ」

 「……………………」

 承服はしていないものの、ここで暴れる事はやめたようだ。

 吾兵衛は唇を噛み、じっと佐吉を見据える。

 「……あんな死に方した道真さんの事だって、結局は放りっぱなしじゃないかよ」

 彼の言葉もまた、確かに事実だった。

 村長のみならず、村の誰もが紬に触れようとしないのだ。

 明らかに関連が疑われる、前住職の怪死の一件でさえも――

 「でも、ここで戸を壊しちゃ俺達の方が悪党になりかねない。

  辰だって、ひょっこり帰って来るかもしれないんだぞ」

 「分かった、分かったよ……」

 渋々といった感じで、吾兵衛は折れる。

 流石の彼でも、女性独りの住処に白昼殴り込むというのは世間体が悪いと思ったのだろう。

 それがいかに、腫れ物扱いの紬であろうとも――

 「さあ戻ろう。もう一度、村中くまなく辰を探すんだ」

 「……………………」

 しばし黙り込んだ後、吾兵衛はぼそりと呟いた。

 「あの女……今夜、化けの皮を剥いでやる」

 

 あれから一日、畑仕事もそこそこに辰郎を探したが――

 やはり、彼の姿は影も形もなかった。

 それに、吾兵衛の呟きも佐吉には気に掛かる。

 まさか、深夜に紬の家を訪れようなどと考えてはいないだろうか――

 

 

 

 ずるり……ずるり……

 

 体が、何かに引き寄せられていく。

 蜘蛛の巣に掛かった佐吉は、じわじわと中央にたぐり寄せられていく。

 巣の中央には、大きな蜘蛛の姿。

 これは、夢の続きなのか――

 

 「あ、あれは……」

 いや――

 巣の中心で佐吉を引き寄せていたのは、おぞましい巨大蜘蛛ではなかった。

 その腰から下は、醜悪な蜘蛛の姿をしていたが――

 あれは、黒に彩られた禍々しい女。

 ほっそりとした体に、豊満な胸。

 長い黒髪に、病的なほどに整った美貌。

 蜘蛛の体も黒ければ、上半身の衣服も漆黒そのもの。

 ただその顔だけが、息を飲むほどに白かった。

 「つ、紬……さん……」

 見間違えるはずもない、あの若く美しい後家。

 下半身が蜘蛛の姿で、紬は巣の中心に鎮座していたのだ。

 「あ、あぁぁ……」

 ずるずると、自分の体が紬にたぐり寄せられていく。

 全身にはネバネバの糸が巻き付き、もがいても逃げる事はできない。

 そうしているうちに、とうとう佐吉は紬の眼前にまで引き込まれてしまった。

 

 「私に……貪られたいですか?」

 佐吉を前に、紬は言った。

 何の返事もできないまま、佐吉は紬の顔を見上げる。

 これまで見た事もないような、艶めかしい微笑。

 人間離れしているほどに整った顔――その口元が嗜虐に歪む。

 「貪られる前に、交わりたいですか……?

  お望みならば、いくらでも……うふふっ……」

 紬の、蜘蛛そのものの腹部――それが、佐吉に向けられた。

 その先端部には、糸つぼが備わっている。

 佐吉に見せ付けるように、糸つぼがくちゅっ……と口を開けた。

 「私のここに、挿れたいですか……?」

 肉穴の中には、みっしりとイボやヒダが備わっていた。

 イボはひくひくと蠢き、ヒダはざわざわと波打つ。

 それは、世にもおぞましい肉壺だった。

 しかし、佐吉はそこから目を離せなかった。

 「あ、あぁぁ……」

 自分のモノが、みるみる大きくなっていくのが分かる。

 蜘蛛の肉器を前に、男根を昂ぶらせてしまう――

 そんな自分に、佐吉は戸惑いを隠せなかった。

 

 「勃起したのですたね……」

 紬は、彼の股間を見下ろしにんまりと笑う。

 普段の顔つきからは想像もできないような、下品で淫靡な笑みだった。

 「私の糸つぼに、殿方のものを挿入すれば――

  めくるめく快楽を与え、子種を一滴残さず抜き取ります」

 紬の言葉を聞き、ますます肉棒が怒張していく。

 たちまち彼のモノは、最大限にまで大きくなってしまった。

 「子種を根こそぎ頂いた後、あなたを貪りましょう。

  怖くありませんよ……最上の快楽を味わいながら、私と一つになれるのです」

 「あぁ……あ……」

 惚けたまま肉棒を怒張させる佐吉を見据え、紬はくすくすと笑った。

 「あの家で、待っていますよ……」

 

 

 

 

 

 そして、翌朝――

 

 「吾兵衛まで、消えちゃった……」

 沈痛も極まった顔で、清太はそう呟いた。

 やはり、独りで紬のところに行ったのか――

 佐吉には、こうなるのではないかという予感はあった。

 心の片隅で予期していながら、何も出来なかったのだ。

 今さらながらに、佐吉は吾兵衛を止めなかった事を悔やむ。

 「吾兵衛を探そう、もしかしたらどこかで――」

 「無駄だよ、吾兵衛も紬さんに……!」

 泣き笑いのような表情で、清太は突然に声を荒げた。

 「辰ちゃんだって……道真さんだって、そうじゃないか!

  みんな、紬さんの餌食になったんだ!」

 「落ち着け、清太……」

 「……………………」

 佐吉が沈めるまでもなく、清太はたちまち沈み込んだ。

 一連の出来事で、彼の精神は乱れきっているらしい。

 

 「間違いない、道真さんも紬さんに……

  やっぱり紬さんは、男を貪る毒婦なんだ……」

 「……………………」

 清太の呟きに、佐吉は言葉を返せない。

 それは、肯定と同様だった。

 以前に紬を村へと導いた前住職――道真は、干涸らびた骸となって発見された。

 最後に村民が会ってから数日で、体液を全て失った屍となっていたのだ。

 それは明らかに、尋常ではなかった。

 同じ寺にいたはずの紬は、自分は何も知らないと語った。

 そして、今のあばら屋に独り移り住んだのである。

 村民の誰一人として、彼女は無関係だなどと信じてはいなかった。

 紬は、男を貪る毒婦――そんな噂は、当時から囁かれていたのだった。

 

 「分かった、村長に直訴しよう。

  彼女が関わっている証拠を見つけて、訴えるんだ」

 紬が村民達の私刑に遭っていないのは、彼女に付き纏う余りにも禍々しい毒気のせいだった。

 あれに関われば、必ず破滅する――そう直感させられるほどの黒い美貌。

 彼女を簀巻きにして川に放り込みなどすれば、間違いなく祟られる――

 ゆえに村の者達は、紬に決して触れないよう扱ってきたのである。

 辰郎が、彼女に夜這いをかけると言い出すまでは――

 

 「僕、紬さんに貪られたい……」

 清太のそんな呟きを聞いた時は、聞き間違いかと思った。

 しかし、彼は間違いなくそう口にしていた。

 佐吉は聞かなかった事にし、彼と別れた。

 それが、佐吉の聞いた清太の最後の言葉となったのである。

 

 

 

 これは、夢の中――

 佐吉は、魔性の交わりを目にしていた。

 

 辰郎は、紬の下半身にしがみついていた。

 蜘蛛の腹部を抱き込むようにしながら、彼女と交わっていた。

 腰をガクガクと震わせ、糸つぼに精液を注ぎ込む。

 彼の念願だった紬との交わりは、かくも忌まわしいものだったのだ。

 「紬さん……あぁぁ、気持ちいい……」

 その体に溺れきったように、辰郎は紬と交わり続け――

 そうしている間にも、紬は彼の体を少しずつ粘糸で巻き上げていった。

 精が尽きて交わりが終わる頃には、辰郎はがんじ絡めにされてしまった。

 

 吾兵衛は、全身を粘糸でぐるぐる巻きにされてもがいていた。

 蜘蛛の巣に絡め取られ、まさに虫そのもののような状態だった。

 「くそ、離せ……!」

 悪態を吐く吾兵衛を前に、紬はくすくすと笑い――

 そして、彼の股間に自らの腹部を密着させる。

 魔性の糸つぼで、吾兵衛の男茎を咥え込む。

 たちまち彼は、びくびくと体を震わせた。

 弱々しく悶え、呻きながら精を放つ。

 数度ほど絶頂すれば、吾兵衛はまるで抵抗もしなくなった。

 紬はそれを、満足げに粘糸で巻き取っていく。

 こうして吾兵衛の体も、完全に蜘蛛の糸で覆われてしまった。

 

 そして、清太は――

 彼は、紬に赤子のように抱かれていた。

 その豊満な胸に顔を埋め、童に戻ったかのようになっていた。

 紬は優しく清太を抱き締め――そして下半身では、貪欲に彼を貪る。

 清太の男根を咥え込んだ糸つぼが、じゅぶじゅぶと吸い嫐る。

 「ん、んんん……」

 紬の乳を吸いながら、清太は体を緩ませ精を漏らしていた。

 赤子を慈しむように、紬は彼を甘やかし――

 そうしながらも、じっくりと粘糸で清太を絡め取っていく。

 彼は無抵抗のまま、びっしりと白い糸に包み込まれてしまった。

 

 そんな様を、佐吉は惚けたように眺めていた。

 不意に紬は、呆然としている彼に視線を遣る。

 「次は、あなたの番ですよ……」

 黒い女は、淫靡な笑みを浮かべそう囁いた。

 その甘い声は、佐吉の脳を痺れさせる。

 「さあ、いらっしゃい……私の家に……」

 

 

 

 

 

 「……………………」

 取り憑かれたような顔で、佐吉は目を覚ました。

 事実、もはや彼は魅入られていた。

 佐吉は朝の支度も放棄し、ふらふらと家を出る。

 頼りない足取りで向かったのは、紬の家だった。

 もはや、彼女の事しか考えられない。

 紬と交わり、その糸にくるまれ、貪ってほしい。

 そんな誘惑に促されるまま、彼は村外れへと歩を進めた。

 黒蜘蛛の糸は、最後にとうとう佐吉を捕らえたのである――

 

 一刻の後、佐吉は紬の家に辿り着いた。

 ここは、彼女の巣なのだ。

 入ってしまえば、もう戻れない――

 それが分かっていながら、佐吉は戸を開けた。

 昨日とは違い、あっさりと戸が開く。

 中は暗く、そして外界とは全く空気が異なっていた。

 おずおずと、佐吉は家の中に一歩を踏み出す。

 

 ねちゃり――

 

 粘った糸が、その足に絡んだ。

 これは、夢と同じだ。

 巨大な蜘蛛の巣の罠に、自分も絡め取られてしまったのだ。

 そして巣の中心には、紬の姿があった。

 

 「いらっしゃい、待っていたわ……」

 禍々しく、そして黒い色をした美女。

 その顔だけが、息を飲むほどに白い。

 そして夢で見た通り、下半身は醜悪な蜘蛛。

 今から自分は、この毒婦の餌食にされるのだ――

 そう思うだけで、男の器官は最大限に張り詰めていた。

 

 「さあ、こちらへ……」

 佐吉の体に、粘糸が絡む。

 ゆっくりと、彼の体は巣の中央に引き寄せられていった。

 夢で見た、そのままに。

 あの時の夢が、現実に自分の身に起きている。

 佐吉は、無防備にそれを受け入れていた。

 他の三人がどうなったか、もう分かっている。

 自分が、それと同じ末路を辿る事も理解している。

 それでもなお、佐吉は抗う事なく引き寄せられた。

 淫靡に微笑む、紬の元へと――

 

 「私と、交わりたいのでしょう……?」

 とうとう、佐吉の眼前に紬が迫る。

 彼女は、その腹部に備わる糸つぼを見せ付けた。

 そこは、無数のヒダやイボがうねる醜悪な肉穴。

 紬の美貌とは似つかわしい、異様にして人外の肉壺。

 この中に、自分の男根が入り込む。

 そう考えただけで――

 「おぞましい、ですか?」

 佐吉の考えを読んだように、紬は言う。

 「それとも、気持ちよさそう……ですか?」

 にぃぃっ……と、紬は口元を歪める。

 見透かされた佐吉は、黙り込むしかなかった。

 自分は確かに、あの醜悪な肉穴に欲情していたのだ。

 この器官を通じて、紬と交わりたいと――そう望んでいたのである。

 

 「さあ、私の糸つぼを味わって下さいませ……」

 佐吉の期待に応えるように、紬の下腹が迫ってくる。

 すでに最大限まで怒張した肉棒を、咥え込むように――

 ひくひくと、口を開けた糸つぼが――

 「あ、あぁぁぁ……」

 ――ついに、紬と交われるのだ。

 思えば、最初に彼女を見た時から心を惹かれていた。

 あれは危険な毒婦だと、本能的に察していながら――

 いや、だからこそ、彼女との破滅的な交わりを心のどこかで望んでいたのだ。

 それが今、こんな形で――

 期待と恐怖が入り交じる目で、佐吉は自身の男根に迫る糸つぼを見据えていた。

 そして――

 

 じゅぶ、じゅるるる……

 

 「はぅ――」

 男の器官を咥え込む艶めかしい感触に、佐吉は思わず表情を失った。

 中は熱く、そして柔らかい。

 挿れる前に見せ付けられたイボやヒダが、妖しくうねる。

 むにゅむにゅと、亀頭から根元に密着してくるイボ。

 その一つ一つがひくひくと蠢き、妖しい刺激を与えてきた。

 無数のヒダは、ざわざわと蠢いて亀頭やカリを舐め回す。

 男をとろけさせる快楽刺激が、糸つぼの中で存分に与えられた。

 「私の中は、いかがですか……?

  とろけそうな心地でしょう……」

 「あ、あぅぅ……」

 ぶるっ……と、佐吉の腰が震える。

 男根をじゅぶじゅぶと貪る、妖しい糸つぼの心地。

 どんな男でも、たちまち精液を吐き出させる魔性の肉器。

 佐吉は甘い快感に翻弄され、たちまち昇り詰め――

 

 どくん、どく、どくどくどく……

 

 あっという間に、紬の肉穴へと大量の精を放っていた。

 糸つぼに詰まったイボやヒダは妖しくうねり、なおも肉棒に刺激を与える。

 「あ、はぅぅぅぅ……!」

 射精直後の性器を嫐られ、悶える佐吉。

 その体を、紬がじんわりと抱き竦めた。

 「このように抱きながら、子種を啜って差し上げましょう……」

 「あぁぁぁ……」

 紬に抱かれながら、佐吉は惚けたような呻きを漏らす。

 じゅぶじゅぶと男根を貪られ、快楽の限りを味わう。

 糸つぼの中がうねるごとに、ヒダやイボが極上の刺激を与え――

 「はぅ、うぅぅぅ……」

 

 どく、どくどく、どくん……

 

 甘くとろけながら、紬の糸つぼに子種を吐き出す。

 まるで、精力そのものが紬に搾取されていくかのようだ。

 「ふふっ、気持ち良いでしょう……

  こうやって、あなたの子種を奪って差し上げますから……」

 「あ、あぁぁぁ……」

 弱々しく呻きながら、佐吉は紬の糸つぼに精を捧げ続ける。

 肉穴の内部がぐちゅぐちゅと蠢くごとに、耐えがたい悦びがこみ上げ――

 そして紬の求めるがままに、大量の子種が噴き上げられるのだ。

 「あぁぁ……すごい、こんなぁ……」

 歓喜しながら、佐吉は何度も何度も絶頂に達する。

 紬の糸つぼの中に、幾度となく精液を注ぎ込む。

 「うふふっ……」

 佐吉の精を貪りながら、紬はひときわ淫らな笑みを浮かべた。

 糸つぼに咥え込んだ男根に、魔性の快楽を送り込みながら――

 八本の足を巧みに動かし、佐吉の体を粘糸で巻き取り始めたのだ。

 「はぅぅぅぅ……」

 精を漏らしながら、じわじわと白く巻かれていく佐吉。

 全身にまとわりつくヌルヌルとした感触もまた、極めて心地良いものだった。

 他の三人がされたように、甘い恍惚に包まれながら繭にされていく。

 「あ……あぁぁぁ……」

 紬に繭にしてもらえる――

 あの夢を見て以来、これが念願だったのかもしれない。

 いつしか佐吉の体は、びっしりと粘糸にくるみ込まれてしまった。

 

 「うふふっ……」

 粘糸に巻き取られ、繭となった佐吉に体を寄せる紬。

 その耳元に口を寄せ、彼女は甘く囁く。

 「それでは、貪らせて頂きますね……」

 「はぅぅ……」

 いよいよ、その時がやってきた。

 これから自分も、紬に捕食されてしまうのだ。

 「さあ、私とひとつになりましょう……」

 紬は、じゅるり……と艶めかしい舌なめずりを見せた。

 期待に震える佐吉の首筋に、紬は唇を寄せ――

 かぷっ……と、その牙を突き立てる。

 

 「あっ……!」

 痛みは全くなかった。

 ただ、噛まれた首筋からじんわりと痺れるような恍惚感が広がっていく。

 甘い、狂おしく甘い感覚。

 ドロドロにとろけてしまいそうな、そんな心地。

 

 じゅるるるる……

 

 紬は佐吉の首筋を噛んだまま、じっくりと啜り上げる。

 途端に佐吉の頭は、とろけるような快楽で染め上げられた。

 「はぅ、あぁぁぁぁ……!!」

 全身が溶け、紬に吸い取られている。

 甘く狂おしい毒が体をとろけさせ、そして紬とひとつになる。

 精を奪われ、貪られる――それは、この上なく甘美だった。

 このまま、紬に貪られ尽くしたい――

 男にそう思わせるほどに、紬の捕食は狂おしい快楽を伴っていた。

 

 「美味しい……ふふふっ……」

 とろけていく佐吉の体を貪りながら、紬は笑い声を漏らす。

 嗜虐の愉悦に浸りながら、彼の肉体を溶かして食べている。

 「はぁぁ……あぁ……」

 佐吉は壊れたように、快楽の甘い呻きを漏らすのみだった。

 彼の肉は、骨と皮を残してドロドロに溶かされていく。

 とろけた肉が、紬にじゅるじゅると啜られていく。

 佐吉は魚のように口をぱくぱくさせながら、桃源郷の快楽に酔いしれた。

 普通に生きていれば、絶対に体験できない快楽を味わい――

 肉も内臓も、完全に溶かされ――

 全て、紬に啜られ――

 最期の瞬間まで、快楽に酔いしれ――

 

 「ごちそうさま……」

 紬は、繭の中で干涸らびた屍から口を離した。

 その首筋と唇の間に、うっすらと唾液の糸が引く。

 繭の中には、骨と皮だけが残っていた。

 それ以外は全て、紬に貪られ尽くしたのだ。

 こうして、佐吉の生は終わった。

 蜘蛛の妖女に貪られるという、惨めな最期を遂げたのだった――

 

 

 

 「ふふっ……」

 四人の若者を貪り尽くし、紬は愉悦の笑みを見せた。

 まんまと誘われるがままに、巣に掛かりに来た哀れな獲物達――

 彼らのとろけきった顔を思い出すと、実に愉快な気分になる。

 彼らの肉を養分にし、紬は大いに満足だった。

 「そろそろ、別の村に行きましょうか……」

 僅かに膨らんだ下腹を満足そうに撫で、黒い後家は呟いた。

 

 そして紬は、村から消えた。

 網に掛かった四人もの男を貪り尽くし、去っていったのである。

 これからも紬は、流浪の先で巣を張るだろう。

 それに掛かった哀れな男を、じっくりと貪るために――

 

 



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