乙女戦隊セリオン☆ファイブ
――悪の秘密組織、ゾルゾム。
幼稚園の通園バスを襲撃し、小学校を占拠し、いたいけな児童を何人も誘拐し――
それだけ派手に暴れながら、子供達には一人の死傷者も出さないという悪逆非道の秘密組織。
僕はその組織に捕まり、強制的に戦闘員にされてしまった。
変な黒タイツを着て、「イー!」と叫んでいるお馴染みのアレだ。
そして僕は、怪人ウミウシ女とやらの小隊に編成されていたのである。
どうせダラダラと下らなかった日々、どうでもいいや――
そういうわけで、僕は悪の組織の手先となっていたのだった。
バイト感覚ながら、悪の組織としての任務を実行する毎日――
意外にもそれは非常に充実し、輝いたものだった。
毎日の襲撃で馴染みになった幼稚園の保母さんとは、けっこう良い仲になっている。
子供達もずいぶんと懐いてくれるようになり、給料もそれなりに良い。
幼稚園の取り壊しを狙った地上げグループの事務所を襲撃したりと、任務も結構楽しい。
仲間はいい連中ばかりだし、上司のウミウシ女も良い怪人だった。
名前からしてイロモノのようだが、そのぬめった風貌はなかなかにエロティック。
今年25歳になる、男勝りで姉御肌の美女怪人である。
そんな上司の下であくせく働いている僕に対して、怪人への昇格話すら浮上。
怪人カモ男のポストが空いたので、やってみないかという話である。
ダラダラと怠惰な日々を送っていた頃と比べて、嘘のように充実した日々――
そんな僕の部隊に、とんでもない凶報が飛び込んできたのは昨日のことだった。
ウミウシ女の同僚が率いていた部隊が、不審な連中に壊滅させられたのだという。
「ヤドカリ女率いる部隊が正義の味方を名乗る五人組に襲われ、全滅した事件は諸君も聞き及んでいるだろう――」
ミーティングにて、上司であるウミウシ女はそう前置きした。
「本日、上層部よりその五人組の資料映像が届けられた。
どうやら彼女達は乙女戦隊セリオン☆ファイブと名乗り、我々ゾルゾムの壊滅を企てているようだ」
そう言いながら、デッキにDVDをセットするウミウシ女。
大型モニターに、その乙女戦隊とやらの資料映像が映し出された。
彼女達に襲われて全滅したという、ヤドカリ女の部隊が残した映像だろう。
「ヤドカリ女は己の死と引き換えに、敵の特殊能力を明らかにしてくれた。
この映像は、彼女達の尊い犠牲の結果得られたものだということを忘れるな」
そう前置きするウミウシ女、そしてモニターに戦闘の光景が映し出された。
採石場のような広い場所で、カラフルな衣装に身を包んだ五人が立っている。
それを囲むゾルゾム戦闘員達と、ヤドカリ女とおぼしき殻を背負った女性。
その乙女戦隊とやらは全員が顔を露出させ、五人とも若い女性のようだ。
彼女達の服装も戦隊モノでお馴染みのタイツ姿ではなく、それぞれのカラーに彩られた制服を着用している。
「あれがセリオン・ブルー……水の力を自在に操るという娘だ」
モニターに映し出される長身の美少女を指し、そう呟くウミウシ女。
セリオン・ブルーという名前が示すように、彼女は青い制服を纏っていた。
『イー!』
戦闘員の一人が、セリオン・ブルーに襲い掛かる――
『水の裁きを受けなさい……』
腕をかざし、いかにも冷たい口調で呟くセリオン・ブルー。
ロングヘアの彼女は非常に綺麗だが、ぞっとするような冷たさを感じてしまう。
その構えた腕から、水がばしゃりと戦闘員の全身に浴びせられた。
まるで、バケツで水をぶっ掛けたように――
ウォーターカッターのようなものを想像していた僕は、そのチャチさに失笑しそうになる。
「おっと、拍子抜けにはまだ早い」
戦闘員一同、同じような感想を抱いたのだろう――そんな弛緩した空気を、ウミウシ女は制した。
『溺れなさい……私の水の中で』
冷笑を浮かべ、指を鳴らすセリオン・ブルー。
それと同時に、戦闘員に浴びせられた水がぬるりと蠢いたのだ。
その水は粘度が思ったよりも高いらしく、にゅるりと彼の体に絡み付いていく。
それだけではなく、戦闘員の全身を膜のように覆い込んでしまったのだ。
地上にいながら溺れる羽目になり、戦闘員はじたばたともがいていた。
『さて……どうされたい? そのまま溺れたい? 水圧で押し潰されたい? 水の刃で刺し貫かれたい?
内部から破裂させられたい? それとも……楽しみたい?』
セリオン・ブルーがそう囁いた次の瞬間、モニターは別の場面に切り替わっていた。
緑を基調とした制服に、ツインテールのいかにも元気溌剌な少女。
そして、彼女に対峙する戦闘員。
「セリオン・グリーンの能力は、植物を自在に操ること……」
そんなウミウシ娘の言葉と同時に、画面の中のセリオン・グリーンが指を鳴らした。
『植物さん達、どうか私に力を貸してー!』
同時に、戦闘員の足元の地面が裂け、植物のツタや根、花が溢れ出る。
巨大なウツボカズラや巨大ハエトリソウ、ラフレシア……彼の周囲だけが、まるで植物園のようになってしまった。
戦闘員の体はそんな植物に巻き込まれ、たちまち拘束されてしまう。
その体にツタや葉が這い、ハエトエリグサが手足にかぶりつき、そして全身に花が咲き乱れる。
植物に覆われ、包み込まれるその姿は実に無残だった。
『じゃあ、植物さん達の栄養補給をさせてもらうね――♪』
セリオン・グリーンのその言葉を最後に、またしても画面が切り替わる。
次に映し出されたのは、おかっぱにリボンの小柄で可愛らしい少女。
白の制服に身を包んだ彼女は、なんとも清楚で大人しそうな雰囲気だ。
そんな純白の少女に対し、容赦なく襲い掛かる戦闘員――
不意に、彼の動きがぴたりと停止した。
まるで、金縛りに掛かってしまったかのように――
彼は静止したまま微かに身をよじっているようだが、そのポーズのまま動こうとしない。
「セリオン・ホワイトの能力は糸……彼女の操る糸は、敵をたちまち絡め取ってしまうのだ」
『捉えました――』
しゅっ、と両腕を動かすセリオン・ホワイト。
おそらく、戦闘員の体は細い糸で拘束されているのだろう。
『――』
さらにセリオン・ホワイトはしゅっしゅっと両手を紡ぐような動作をする。
それに従って、戦闘員の全身には無数の糸が絡み付き、巻き付いていった。
もう彼は動けないにもかかわらず、さらに何重にも何重にも――
『私の糸は決して切れません。貴方の体を絡め取り、きつく締め上げます――』
戦闘員の全身にはびっしりと糸が絡みつき、そしてセリオン・ホワイトの意のままに締め上げられていた。
まるで、蜘蛛が捕らえた獲物を弄ぶかのように。
『いくらもがいても、無駄なこと。苦しいですか……?』
少女の口の端が、くすり……と歪んだ。
『では、苦痛の後は――』
そこで、モニターは別の場面に切り替わる。
次に画面に映し出された光景に、僕達は騒然としていた。
「セリオン・ブラック……実は彼女は、我らが組織ゾルゾムの裏切り者なのだ」
眉をひそめ、そう呟くウミウシ女。
画面の中の戦闘員は全身を大蛇に巻き付かれ、締め上げられていた。
しかし、大蛇の頭部は確認できない。それもそのはず、大蛇の体は女性の腰部へと繋がっていたのだ。
黒い制服を着た、妖艶な女性――彼女の下半身がなんと大蛇と化し、戦闘員の全身にみっしりと巻き付いていたのである。
「彼女は、見ての通りアナコンダの怪人――アナコンダ女。
しかし愚かにも天使に魂を売り、正義の手先となってしまったのだ」
ひとしきり締め上げられた戦闘員は、彼女の尾の中でぐったりと力を失う。
そんな彼の姿を見て、セリオン・ブラックはひとしきり妖艶な笑みを浮かべ――そこで、映像はぷつりと消えた。
画面にはただ、砂嵐が映し出されるのみ。
「……以上が、ヤドカリ女達の残した映像だ。なおヤドカリ女は、セリオン・レッドに挑み敗れている。
リーダーとおぼしきレッドの能力は不明、ただし外見は判明している」
次に画面に表示されたのは、赤い制服を着た健康的な少女。
いかにも勝気で、活発そうな女の子――彼女が、セリオン☆ファイブとやらのリーダー。
その能力は不明ということだが、リーダーである以上、他のメンバーより劣っているとは思えない。
「今のところ、乙女戦隊セリオン☆ファイブに対する処置は決定していない。
まだ、ゾルゾム四幹部が対応を協議している段階である」
ウミウシ女の一言に、場の一同はほっと胸を撫で下ろす。
とても勝てそうにない相手なのは明白――討伐命令など下ろうものなら、それは死を意味するのだ。
「諸君も警戒を怠らぬこと。向こうから襲撃してくる可能性は大いにあり得るのだから――では、解散!」
こうしてミーティングは終わり、場は解散となった。
レッド、ブルー、グリーン、ホワイト、ブラック――やけに配色のバランスが悪い五人組。
乙女戦隊セリオン☆ファイブの陰に怯えながら、僕は帰路に着いたのだった。