妖魔の城


 

 「……頼む」

 俺は、おずおずとウェステンラに告げた。

 同時に、彼女はにやりと笑う。

 「仕方ない、少し吸い出してやるか……」

 ウェステンラは俺の前に立つと、カチャカチャとベルトを外した。

 そしてズボンと下着を下ろし、ペニスを露出させる。

 俺は小柄な方だが、それでもウェステンラの頭は俺の胸の辺り。

 こいつの外見だけは、可憐な少女――そんな彼女がどんな事をしてくれるのか、俺の胸は嫌でも高鳴っていた。

 

 「さて――時間の余裕はない、簡単に終わらせてもらうぞ」

 ウェステンラの腰から、ぴょこんと何かが伸びる。

 それは、矢印型の尻尾だった。

 そして尻尾の先端がゴムのように広がり、まるで女性の膣のような穴が姿を見せる。

 「なんだ……それ……!?」

 「尻尾で犯してやる……遠慮なく中に漏らすいい」

 俺の眼前で不敵な笑みを浮かべるウェステンラ。

 その尻尾の穴は、俺の股間に迫り――

 にゅるん、とペニスを一気に呑み込んでしまった。

 「あ、ああぁ……!!」

 その次の瞬間に、股間を襲うとろけそうな快感――俺はその場にへたり込んで膝を着いてしまう。

 ウェステンラの尻尾の中は非常に狭く温かく、粘膜が肉棒全体をみっちりと包み込んでいた。

 まるで、ペニスが優しく溶かされているかのような快感。

 俺は恐らく、ウェステンラの前で情けなく緩んだ表情を見せていただろう。

 

 「どうだ? 包み込まれているだけで気持ちいいだろう……

  普段ならしばらく楽しませてやるところだが、今回はさっさと吸ってしまうぞ」

 にゅ、にゅ、にゅ……!

 「あ、ああ――!!」

 尻尾の内部がにゅぐにゅぐと収縮し、まるでペニスを奥に引き込んでいくかのように蠕動する。

 さらにペニス全体を甘く吸引され、俺は地に膝を着いたままウェステンラの腰にしがみついていた。

 「ふふ……普段からこんなに従順なら、可愛げもあるのだがなぁ」

 そう言いながら、ウェステンラは目を細める。

 「あぐ……! あ、あああぁぁ――!!」

 偉そうに腕を組み、ニヤニヤと笑いながら尻尾で俺を責めるウェステンラ。

 地面に膝をついた状態で彼女の腰にしがみつき、快楽の声を上げ続ける俺。

 そんな情けなさや羞恥よりも、ウェステンラの与える快感の方が遥かに上回っていた。

 俺はただ、彼女の細く温かい体にしがみついて腰を震わせるしかなかったのだ。

 

 「さあ、射精しろ」

 ――きゅっ。

 「う……ああぁぁぁ……」

 尻尾の内壁が強くペニスを締め付けた瞬間、俺は我慢の限界を迎えた。

 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 ウェステンラの温かい体を抱きしめ、腰をゆすりながらドクドクと射精する俺。

 彼女の尻尾はちゅうちゅうとペニス全体を吸い嫐り、発射した精液は搾り尽くされた。

 ウェステンラの尻尾に、精を吸い尽くされるという快感。

 彼女にとってはまるで片手間だというのに、これが上位サキュバスの搾精――

 

 「1回では不足かもしれん。もう1度くらい、搾っておくぞ」

 「え、おい……! ああああぁぁぁぁぁ!!」

 くにゅくにゅくにゅ……と、尻尾の内壁が蠢いて俺のペニスを嫐り尽くしてくる。

 俺はただ、その快感に翻弄されて悶えるのみだった。

 「ほれ、2回目だ。さっさと出すがいい」

 ウェステンラの宣告と、容赦のない刺激。

 密着してくる粘膜に、くにくにと搾りたててくる内壁。

 「あ、あ……! うぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 まさに一瞬で、俺は2度目の絶頂に達していた。

 無様に彼女の腰にしがみつき、強烈な快感を味わいながら。

 ウェステンラの、射精させようとする意志に何の抵抗も出来ないまま――

 

 「あ、ああ……」

 「こんなものか。まあ、気休め程度ではあるが……安易な情欲に流される可能性は低まるだろう」

 虚脱感で緩む俺のペニスからしゅるりと尻尾を離し、ウェステンラは言った。

 「……」

 俺はウェステンラの腰から両腕を離し、ふらふらと立ち上がる。

 非常にきまりが悪く、何と言っていいかも分からない。

 

 「敵淫魔の城に乗り込む前に、自分で一度抜いておく――

  これは、古代の男性淫魔ハンターの風習でもあるな。戦いの前の儀式とでも言ったところか」

 「淫魔ハンター……? そんなものがいたのか?」

 俺はズボンを履くと、ウェステンラに尋ねた。

 俺の醜態にはほとんど触れず話を変えたのは、こいつなりの思い遣りかもしれない。

 「まだ淫魔が、人間界に多くいた頃の話だ。貴様のように極めて戦闘に秀でた者が、そのような事をやっていた。

  ほとんどは淫魔の餌となり、まともに死ねたものはごく僅かだがな――」

 「その淫魔ハンターってのは、セックスで淫魔を屈服させるのか?」

 そういう事を、どこかで聞いたような気がするが……

 それは、普段のウェステンラの話とどこか噛み合わない。

 「そんなはずがあるか。人間である以上、サキュバスに挿入させられたら終わりだ。抵抗など出来ず吸い尽くされる。

  いつも言っているだろう? サキュバスの戦闘力は高くないから、向こうの誘いに乗らずに迅速に狩れ、とな」

 「じゃあ、淫魔ハンターっていうのは……」

 「要は貴様と同じだ。決してサキュバスに挿入などせず、とにかく殺す技術のみを磨いた者だな。

  性技など、どれだけ人間が鍛錬したところでたかが知れている。

  どれだけ修行しても人間は空も飛べなければ、水中で息が出来るようになる事もない。それと同じだ」

 「なるほど……」

 結局のところ、人間がサキュバスを屈服させるのは純粋な戦闘手腕という事か――

 俺が納得した次の瞬間、森の奥から一発の銃声が響いた。

 おそらく大口径の拳銃、距離はかなり近い……!

 

 「……!」

 俺はM4カービンを掴み、すかさず駆け出した。

 「あっ、おい……! 待て!!」

 ウェステンラがそう呼び掛けるが、いちいち待っている余裕はない。

 今の発砲音は何だ。こちらに敵意を持つ者か。それとも単なる第三者か。

 敵がこちらの存在を察知しているかしていないかで、こちらの出方も変わってくるのだ。

 

 俺は俊敏に森の中を駆け、銃声の聞こえた方向に接近していった。

 文句を言いながら俺を追いかけているらしいウェステンラの声も、みるみる遠ざかっていく。

 木々を抜け、森林内の山道に出た――そんな俺の目に飛び込んできたのは、一組の男女の姿だった。

 俺は、その二人にM4カービンの銃口を向けて威嚇する。

 

 「……」

 男の方は、どこか頼りなさげな優男。

 女の方は、いかにも勝気そうな高校生程度の少女。

 正直、かなり美人の範疇に入る。

 二人は、俺に向けて拳銃を構えていた。

 

 「……人間か?」

 二人に向かって、俺は尋ねた。

 淫魔にしては、拳銃で応戦しようとしているのも奇妙な話――これが罠でなければ。

 少女の方は一目見て、かなりの達人だと分かる。

 しかし、優男の方はさっぱり分からない。

 彼はただ、思考の読めない表情で拳銃を構えていた。

 いかにも素人臭い優男のへっぴり腰は、どこか作為めいたものを感じさせる。

 

 「人間か、と聞いている」

 再度、俺は同じ質問を繰り返していた。

 少女よりも、警戒すべきは優男の方だ――俺の勘がそう囁きかける。

 俺は少女の動向にも注意をやりながら、M4カービンの銃口を優男の方に向けた。

 「私達は人間よ。あんたは――?」

 ようやく口を開く少女。

 すると優男の方が、不意に拳銃を足元に投げ捨てた。

 そして、いかにもわざとらしく両手を挙げる。

 「おい、沙亜羅……もう少し、穏便に済ませられないのか?」

 そう言いながら、優男は俺に視線をやった。

 「僕達は人間だけど――そういう質問を投げ掛けてくる以上、人の姿をした人間以外の生物がいるって知ってるんだよね?」

 「ああ……」

 彼の質問に頷きながら、俺はゆっくりと二人に近付く。

 俺から拳銃の銃口を逸らそうとしない少女と、卑屈なまでに無抵抗をアピールする優男――

 

 「そっちの女、お前は素人には見えないな――」

 そう言いつつも、俺は優男の方を警戒していた。

 「そっちの男は逆に、余りにも素人臭過ぎる。それが不気味だ」

 おそらく、この男は人間。しかし、そこらの化物よりも底が知れない。

 「あんたこそ何よ。いきなり現れて、ケンカ売ってきて」

 少女の方は、喧嘩腰に詰め寄ってくる。

 と――

 

 「おい、少しは待たんか!」

 ようやく、ウェステンラが追いついてきたようだ。

 彼女は息を切らせながら、この獣道に姿を現す。

 「我は貴様のような野蛮人と違うのだぞ……少しは我を思い、ゆっくり走るとかという思いやりを――」

 「――おい、ウェステンラ。こいつらは人間か?」

 ぶつぶつ文句を言う彼女を遮り、俺は問い掛けた。

 「……」

 ウェステンラはまじまじと二人を眺め、そして口を開く。

 「……二人とも、紛れも無い人間だ」

 「そうか――」

 俺の勘も、この二人は人間だと判断していたのだ。

 だが、二人ともどこか違和感がある――そう思いつつ、俺は銃口を下ろした。

 「おい、沙亜羅。もういいだろ」

 優男の指示で、連れの少女もしぶしぶ拳銃を下ろす。

 それでも、少女の俺に対する敵意の眼差しは消えなかった。

 

 「……で、お前達は何者なんだ? 少なくとも、たまたま迷い込んだ一般人じゃないだろう?」

 そんな俺の質問に対し、沙亜羅と呼ばれた少女は口を開く。

 「そういう、あんた達は? たまたま迷い込んだカップルには見えそうにないわ」

 「俺達は――」

 説明しようとする俺を、ウェステンラがすかさず制した。

 「我は淫魔狩りを生業とする者、そしてこの野蛮人は我のしもべだ。

  こいつは余りの野蛮さゆえに粗暴な言葉しか知らんが、人間に対して害をなすものではない」

 減らず口を叩きながらも、彼女は俺達の身の上や目的を要約する。

 「あのノイエンドルフ城の当主、少々遊びが過ぎてな。討伐に参った次第だ」

 「――だそうだ」

 しもべ呼ばわりは不愉快だが、実際のところ似たようなものだ。

 「淫魔狩り……?」

 少女は黙り込み、優男はそう呟いていた。

 この二人がどこまで事情を知っているか分からないが、にわかに信じられる話でもないだろう。

 

 「……で、お前達は何者なんだ?」

 そんな二人に大して、俺は改めて問い掛けた。

 「それは――」

 一瞬口ごもったが、優男はようやく話す気になったようだ。

 「実は……信じられないかもしれないけど、H-ウィルスというのが――」

 続いて、彼の口から出た話――それは、俺も耳にした事のある事件だった。

 「楽裏市の一件……そうか。お前達、あの事件の生き残りか」

 少し驚き、思わず呟く俺。

 楽裏市においてバイオハザードが発生、化物が溢れたという話は聞いている。

 何より、2日以内に事態が収集しなければ、俺たちの『化物狩り』チームが投入される予定だったのだ。

 だが、その化物というのが淫魔もどきだったというのは初耳だった。

 「知ってるの……!?」

 目を丸くする少女、そう言えば彼女の顔にも見覚えがある。

 チームこそ違うものの、同じ組織に最近まで所属していたはずの少女なのだ。

 「……とすると、お前がサーラ・ハイゼンベルクか。『化物狩り』チーム・デルタのエース。

  楽裏市の一件で、上の指示を無視して単身現場に突入した娘だな」

 「……そう言うあんたも、『化物狩り』組織出身みたいね。で、そっちのお嬢さんは?」

 サーラ――いや、沙亜羅は、ウェステンラの方に視線をやった。

 「我は……『化物狩り』組織のアドバイザー的存在とでも言おうか。

  人間の組織を利用した方が、我の仕事も円滑にはかどるのでな。

  地脈の流れを辿るより、人間共の電波通信の方が効率が良い……世の中便利になったものだ」

 そう答えたウェステンラの言葉は、自らを人間外の生物だとバラしたようなものだった。

 

 「……あんたも、淫魔?」

 「我が卑小な人間などに見えたか? そう言う貴様とて、極めて淫魔との親和度が高いではないか」

 沙亜羅の言葉に対するウェステンラの返答――俺はすかさず、絶句する少女の額に銃口を突き付けた。

 極めて淫魔との親和度が高い――その言葉を、そのまま聞き流すわけにはいかない。

 「……つまり、こいつも化物って事か?」

 「ふざけないで、私は人間よ」

 沙亜羅もすかさず懐から拳銃を抜き、俺の頭部に向けた。

 銃口を突き付け合い、睨み合う俺と沙亜羅。

 たちまち、周囲に緊迫した空気が流れる――

 

 「ッ――!」

 あらぬ方向からの銃撃に、俺はとっさに飛び退いた。

 そばに控えていた沙亜羅の連れの優男が、いきなり発砲してきたのだ。

 それも威嚇でも警告でもない、かなりの至近から頭部を狙った射撃。

 銃撃の瞬間まで微塵の殺気も感じさせず、いきなり攻撃してきた――

 やはり、警戒すべきは沙亜羅よりもこいつの方だった……!

 

 俺は木の幹を蹴り、空中で身を翻しながらナイフを抜いた。

 一方、優男の方も瞬時にリロードし銃口を向けてくる。

 向こうの実力はまるで読めない。沙亜羅が優男に加勢する事を考えたら、形勢は良くないか――

 

 「やめんか、馬鹿者どもが!」

 不意に響き渡る、ウェステンラの一喝。

 こいつに逆らっても、淫気とやらでたちまち無抵抗にされる――俺はそう判断した。

 「……ちっ」

 俺はそのまま着地し、ナイフを腰鞘に収める。

 同時に優男の方も銃口を逸らし、戦意のなさを示した。

 一触即発だが戦いを収めた俺と優男――そんな俺に、ウェステンラは噛み付いてくる。

 「この二人は人間だと、さっき我が断言したではないか。

  淫魔への親和性が高いからといって、すなわち淫魔という事ではない。早とちりしおって、馬鹿者が」

 「なら、どういう事だ?」

 そう言いながら、俺は沙亜羅とやらに視線をやった。

 それでもどうせ、淫魔に近い存在なのだろう。

 それならば、ここで殺しておいた方が手っ取り早い――

 

 「その沙亜羅とかいう娘は、れっきとした人間。それは我が保証しよう。

  しかし、もしこの娘が淫魔化した際には、非常に格の高い淫魔になるということだ」

 ウェステンラは、そう説明した。

 「おそらく、そういう血統なのだろうな。ごくまれに、人間にもこういう突然変異が出てくる。

  普通に生きれば、聡明な頭脳と高い運動能力を持つだけの『人間』だろう。

  しかし淫魔として覚醒してしまえば、並みの妖魔貴族など比較にならん。女王クラスにも匹敵する存在になるやもしれん」

 マドカ――かつての俺の部下は、自らを中級淫魔と同等の存在と言っていた。

 ウェステンラが言うには、中級淫魔など魔界貴族の中では最下層。

 学校一つを丸々餌場に変えた魔力の持ち主が、淫魔の貴族の中では最下層なのだ。

 そんな妖魔貴族すら比較にならない存在――この沙亜羅とやらは、極めて危険なのではないか?

 淫魔として覚醒しなければいい、という話ではあるのだが……

 

 「淫魔として、自然覚醒する事はあるのか? 『あいつ』みたいに――」

 「――ない」

 ウェステンラは、そう即答した。

 「あのアルラウネは元々淫魔で、それまで自分が人間だと思い込んでいただけだ。

  純粋な人間が、他の淫魔の干渉なくサキュバス化する事はない。特殊な例外を除いてはな――」

 「特殊な例外……?」

 そう呟く優男、そして沙亜羅の方にウェステンラは視線をやった。

 「その例外の一つが、恐らく貴様達の話に出てきたH-ウィルスだろう」

 「H-ウィルスが……!?」

 そのウィルスが引き起こした事件に関わった二人は、驚愕の表情を浮かべた。

 「ああ。いったん宿主の命を奪い、淫魔として蘇生させるというイレギュラーな方式のようだが……

  そのウィルスは、対象のサキュバス因子を覚醒させるウィルスだろうな」

 そう言って、ウェステンラは腕を組む。

 「人間の淫魔化とは、中級淫魔レベルの魔力の持ち主が大量の魔力を消費して可能にする魔術。

  これを、単純なウィルス感染で行えるとは……人間も、恐ろしい代物を生み出すものよ。

  そのような便利なものがあれば、生粋の淫魔でも欲しがるだろう。己の遊興の為にな――」

 「マルガレーテ……という奴か?」

 俺は思わず呟いた。

 あのノイエンドルフ城とやらの城主。

 己の愉しみの為だけに、容赦なく人間を殺していく外道。

 そんな女を、生かしておくわけにはいかない――

 

 「マルガレーテ・ノイエンドルフ――奴の格も妖魔貴族など比較にならん、女王クラスの最上位サキュバスだ。

  奴の魔力を持ってすれば他者の淫魔化など容易いだろうが、対象が数百人以上となってくると流石に手間だ。

  そんな淫魔化の技を、空気感染で可能にするH-ウィルス――奴の好みそうな遊び道具だな」

 どうも個人的にマルガレーテを知っているらしいウェステンラの言葉に、沙亜羅は血相を変えた。

 「H-ウィルスが遊び道具? どういう奴よ、そいつ……!?」

 「若い男をさらってきては、己の愉しみで責め殺しているサキュバスだ。

  その齢は極めて若いが……魔界でも最上位の家柄と絶大な魔力で、魔界元老院にも食い込んでいる。

  奴の遊興で責め殺された者は、数千にのぼるだろうな」

 ウェステンラの説明に、ますます憤懣やるせない様子の沙亜羅。

 「……何よ、そいつ! 単なる娯楽で、数千人もの人間を……!?」

 「だから、生かしてはおけん。だからこそ、我等が来たという訳だ。奴の所業、余りにも目に余る」

 静かに、そして闘志に燃えた口調でウェステンラは話を締め括った。

 やはりこいつは、そのマルガレーテとやらを知っている。

 単に噂を聞いたとかいう程度ではなく、何らかの因縁がある――俺はそう直感していた。

 

 「さて――貴様らも、目的はある程度同じと見た。奴はH-ウィルスを、面白い玩具としか思っていない。

  あのノイエンドルフ城は普段魔界にあるが、一年に一日だけ人間界に現出するのだ。

  その際、人間界でしか仕入れることが不可能な物品をまとめて入手する。H-ウィルスも、そのような品の一つなのだろう。

  奴の討伐に、手を貸す気はないか?」

 ウェステンラは、沙亜羅と連れの優男にそう言った。

 狡猾なこいつの事だ、最初から仲間に引き込もうと考えていたのだろう。

 「確かに、黙っていられないわよね、優……!?」

 そう告げる沙亜羅に対し、優男の方の反応は冷ややかだった。

 「――いや、僕は反対だな。安易に関わっていい問題じゃないよ」

 「なによ、それ……!?」

 「そのマルガレーテやらも、H-ウィルスを使って城内で大人しく遊ぶくらいなら問題ないじゃないか。

  少なくとも、大規模なバイオハザードに発展する恐れはないだろ」

 「それでも、数千人の人が殺されてるんでしょ!?」

 二人は、痴話喧嘩にも似た言い争いを始める。

 俺は呆れ顔で、ウェステンラは退屈そうに二人のやり取りを眺めていた。

 「とにかく、慈善事業でやるには危険過ぎる仕事だよ。僕は反対だな」

 「……納得いかない。そんなに大勢の人が殺されてるのに、見て見ぬフリは出来ないでしょ!?」

 関わる事を反対する優男に対し、必死で食い下がる沙亜羅。

 これはもう、沙亜羅の方に譲る気配は全くない。

 優男の取りうる選択肢は、自分だけでこの場を後にするか、沙亜羅と共に城に入るかの二択に他ならないのだ。

 「――やれやれ、分かったよ」

 そして、優男はあっさりと折れた。

 こういう場合、道を譲るのはいつも男の方なのだ。

 

 「……ふむ、話はまとまったようだな」

 ウェステンラは、満足そうに頷いた。

 「ああ。僕は深山優、こっちは沙亜羅。よろしく」

 「……須藤啓だ」

 沙亜羅と深山優とやらの二人に対し、俺は名前だけを名乗った。

 小学生のホームルームではないのだから、自己紹介などそれで十分。

 呼ぶ機会があるのかどうかさえ、分かったものではない。

 

 ウェステンラは、一同をぐるりと見回した。

 「当然ながら、ノイエンドルフ城にいるのはマルガレーテだけではない。

  召使や、城で働く淫魔達――女王クラスの淫魔の世話役だ、中級や上級淫魔すらいるだろう。

  その者達に捕まれば、どのような目に合わされるか分からん。

  マルガレーテの元に引き出されれば最後、間違いなく拷問され責め殺されるだろうな」

 俺は、マドカの一件の時を思い出していた。

 あの時の学園以上に、城内はサキュバスの巣窟なのだ。

 「また、城内には幾多の搾精トラップが仕掛けられているだろう。搾精生物も徘徊していて、侵入者対策は万全。

  そんな中に乗り込むのだから、相当の危険が予測される――だが、一つだけ突破口がある」

 ウェステンラは軽く笑みを見せた。

 俺は、その突破口とやらを知っている。

 この一ヶ月間、俺は何匹ものサキュバスを狩ってきたのだ。

 サキュバスは確かに恐ろしいが、同時に脆い生物でもある――

 「淫魔の戦闘力は、そう高くはないのだ。戦闘に熟練した人間ならば、決して引けを取る事はない。

  搾精、という特質に注意さえすればな。サキュバスと相対した場合、向こうのペースには決して乗るな」

 「ああ、そのつもりだ」

 「要は、殺せばいいんでしょ?」

 俺に続いて、沙亜羅も頷いた。

 一方、どこか怪訝な表情を浮かべる深山優――

 「ところで、男の淫魔ってのはいないのか……?」

 彼は、非常に奇妙な質問を口にした。

 しかも、いたらいいなぁ、といった風な口振りで。

 正直、質問意図を掴みかねる。

 もしかして、そっちの趣味でもあるのだろうか。

 こいつから底知れない不気味さを感じていたのは、そのせいか……?

 知らず知らずのうち、俺は深山優からじりじりと距離を取っていた。

 

 「淫魔……いや、下等な搾精生物も含めて全て雌生体だ。男の淫魔や搾精生物など、この世に存在しない。

  例外的に、雌雄同体の種も僅かながらいるが……そういう種類も、あくまで女性がベースだ」

 俺の懸念を知ってか知らずか、ウェステンラはあっさりと答える。

 それを聞いたとき、深山優が微かに肩を落としたのを俺は見逃さなかった。

 「なら、私は安全ってこと……?」

 続けて尋ねる沙亜羅に対し、ウェステンラは首を左右に振る。

 「中級クラスのサキュバスなら、対象が女でも魅了は可能。まあ、当然ながら搾精は不可能だがな。

  それにノイエンドルフ城への侵入者ともなれば、女だからと言って逃がしてもらえるはずもない」

 「なるほど……まあ、みんな倒してしまえばいいのよね」

 そう言いながら、沙亜羅は拳銃のマガジンを入れ替えた。

 どうやら、気合は十分――それに比べ、深山優は萎縮した様子である。

 

 「それと――お前達に、渡しておくものがある」

 ウェステンラは、小型カプセルのようなものを取り出した。

 そして、それを俺と深山優に渡す。

 「……私は?」

 一方、きょとんとした表情を浮かべる沙亜羅。

 「貴様には不要だ。啓、それに深山優と言ったか、そのカプセルを歯に仕込んでおけ」

 「いざと言うときの自殺用……?」

 深山優は、冗談めかして言った。

 致死性の毒入りカプセルを奥歯に仕込み、自分をいつでも処分できるようにする――

 極秘任務に就く者なら、お馴染みの必需品とも言える。

 「似たようなものだが、少し違う。お前達二人は、優れた遺伝子――つまり、極めて上質の精を持っているようだ。

  それはすなわち、淫魔の大好物に他ならない」

 「僕達が……?」

 ぽかんと口を開ける深山優。

 優れた遺伝子を持っている――それが、常に状況を好転させるとは限らない。

 特に、淫魔との戦いにおいては、そうなのだろう。

 「そのカプセルを噛み砕けば、我が特別に調合した魔術薬が流れ出す。

  それは、質の高い精を極めて粗悪な精に変えてしまうのだ。我がその魔術を解除するまで、半永久的にな。

  すなわち、淫魔にとって魅力のない獲物となる事を意味する」

 「……使いどころが難しいな。無いよりはマシだが――」

 俺はそう呟きながらも、奥歯にそのカプセルをはめた。

 粗悪な精しか持たない人間と判断されたからといって、逃がしてくれる訳がないのだ。

 深山優も困惑しつつ、奥歯にカプセルをセットしていた。

 

 「では、ここで二手に分かれるとしよう。4人でぞろぞろ歩いていてはすぐ見つかるしな」

 ウェステンラは、おもむろにそう提案した。

 「そうだな。ここで急増したメンバーじゃ大したチームワークも発揮できそうにない。

  それよりは、二組に分かれて敵を撹乱するほうが効果的だろう」

 俺もウェステンラに同意する。

 この二人は戦力面では頼りになりそうだが、足並みが揃わない可能性が高い。

 チーム戦においては、10+10の戦力が常に20になるとは限らないのだ。

 チームの息が合っていれば30にも40にもなるし、足を引っ張り合えば15どころか10以下にすらなりえる。

 深山優も静かに頷き、異議はない様子だ。

 「沙亜羅はどうだ?」

 「異論なし。気心の知れない奴と一緒に行動するより、二手に分かれるほうが身軽でいいわ」

 俺達――いや、俺への不信感を剥き出しにした沙亜羅の言葉。

 俺としても、いかにも感情が読み易い沙亜羅の方はともかく、深山優はとても信頼できない。

 男色疑惑は脇に置いておくとしても、こいつは不気味過ぎる。

 

 とにかく俺達は、沙亜羅&深山優と、俺&ウェステンラの2チームに分かれた。

 俺達は正門から、沙亜羅達は裏門から忍び込む事になったのだ。

 

 

 

 

 

 「深山優……不気味な奴だったな」

 正門への道の途中、俺はそう呟いた。

 「……そうなのか? あの沙亜羅という奴の方が、優れた腕をしていると思ったが」

 目を丸くするウェステンラ。

 こいつは淫魔としては一流でも、戦いはやはり素人なのだ。

 絶大な魔力を持っていようが、戦闘の技術も勘もない。

 

 「おそらく、純粋な単純な戦闘能力だけなら沙亜羅とやらの方が上だろうな。

  それでも、深山優の方が厄介だ。あいつはおそらく、暗殺者としての訓練を受けていると思う」

 「暗殺者……? それは、人間を殺すための技術だろう?」

 化物を相手にした者のほうが強いのではないか、ウェステンラはそう言いたいのだ。

 「俺や沙亜羅――『化物狩り』の人間は、あくまで人間外の種族を狩るのが専門だ。言わば害獣狩りだな。

  でも深山優は違う。あいつの専門は人間の殺害――すなわち、同属狩りなんだ。

  殺してきた数も、おそらく10人や20人なんてレベルじゃない。奴は殺し慣れてる」

 俺は、沙亜羅と銃を突き付けあった時のことを思い返していた。

 あの時、何の躊躇もなく仕掛けてきたのは深山優。

 それも威嚇の言葉も何もなく、ただ迅速に殺そうとしてきた。

 俺が沙亜羅に対する殺意を放棄した時点で、ようやく向こうも戦意を無くしたのだ。

 「いきなり恭順の意を示し、卑屈なまでに降参の態度をあらわにする。

  しかし沙亜羅に危害を加えようとした刹那、瞬間的な殺意に切り替わる。

  合理的思考にも程がある――というより、節操がないとも言える。奴は不気味だ」

 「ふむ……そういうものか?」

 この何でも知っているような淫魔も、そこらへんの薄暗い匂いまでは分からないようだ。

 普通の人間は、意識的だろうが無意識的だろうが自分を強そうに見せようとする。

 しかし深山優は、意図的に弱そうに振舞っていた。

 相手を油断させる術が、自然に染み付いている――これは、普通の生き方をしてきた者にはありえない。

 かといって、圧倒的な戦闘手腕で敵を圧倒する俺や沙亜羅とも違う種類の人間。

 奴は不気味だ。

 

 そんな思考にひたりつつも足を動かし、俺達はとうとうノイエンドルフ城の正門前に立った。

 恐ろしいほどに立派な門は、なんと無防備に開け放たれている。

 さらに、見える範囲に警備兵の類は全く存在しない。

 「無用心に見えるのが、逆に嫌な感じだな……」

 俺は、そびえたつ城を見上げた。

 ウェステンラは、すたすたと門に歩み寄りながら口を開く。

 「格調高い淫魔城ともなると、中に意図的に侵入者を招き寄せる工夫がなされている。

  いかにして迷い込んだ獲物に快楽を与えるのか――というのも、設計の腕の見せ所だからな」

 「吐き気のする趣味の悪さだ。つまり、入った瞬間に侵入がバレるという事になるな」

 「その通り。だから、オトリ役まで用意したのだ――ふむ、着いたようだな」

 不意にウェステンラは上空を見上げ、俺に対するものではない言葉を呟いた。

 「こちらも、現在正門の前に立っている。これより、同時突入するぞ。

  なお城内では、そう頻繁には念話が使えん。敵に位置を察知される恐れがあるからな」

 これは妖魔の持つ能力で、念話と呼ばれるもの。

 おそらく、裏門にいる深山優と沙亜羅に言葉を伝えているのだろう。

 「いかにサキュバスの戦闘力は高くないとはいえ、女王クラスともなれば話は別だ。

  我と啓でマルガレーテの暗殺に向かうゆえ、貴様らはなるべく派手に城内をかき回してくれ。

  応戦してくる敵を二つに割るだけでも、こちらは随分と楽になる」

 暗殺――つまり、正面からでは勝ち目がないという事なのだろう。

 「では、健闘を祈るぞ」

 そう言って、ウェステンラは念話を切ったようだ。

 そして、俺の方に視線をやる。

 「大体の方針は分かったな。我らは、マルガレーテ目掛けて一直線だ」

 「ああ……」

 俺は頷いた。

 数千人を愉しみのままに虐殺した、淫魔令嬢の暗殺――それが、今回の任務のようだ。

 

 「では、行くぞ!」

 「ああ、化物狩りだ……!」

 こうして、俺とウェステンラはノイエンドルフ城に乗り込んでいった。

 

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