妖魔の城
「……」
俺は小高い丘の上から、御伽噺のようにそびえたつ巨城を眺めていた。
アルプスの山中に、あんなモノが建っているという怪異。
さらに城の周辺には生い茂った森が広がり、アルプスとは隔絶した感がある。
それもそのはず、あの城は一年に一回だけ人間界に姿を現すのだという。
「あれがノイエンドルフ城だ。あそこに莫大な数の若い男が連れ去られ、当主の愉しみのまま責め殺されている――」
俺の背後で、小生意気な少女は言った。
ウェステンラ――淫魔狩りを生業とする少女、そして自身も淫魔。
この少女と知り合い、すでに一ヶ月が経過していた。
その間に人間界に潜む数人の淫魔を殺したが――そんな、せこせこ生きているヤツと今回の相手は違うらしい。
上級淫魔の中でもさらに上位、女王クラスのサキュバスという話だ。
「すでに数千人もの男が殺された、というのは間違いないんだな……?」
「ああ。ノイエンドルフ家の当主であるマルガレーテに拷問され、彼等は若い命を絶たれている。
……と言っても、特に男達から聞き出したい情報がある訳でもない。拷問に見立てた、ただの遊興だ」
ウェステンラは、不愉快そうに眉を吊り上げた。
この少女がなぜ、淫魔狩りなどをやっているのか俺は知らない。
ただこいつは、人を平気で殺すような淫魔に対してのみ深い憎悪を見せる。
この一ヶ月間、こいつの指図で俺が狩った淫魔も、そういう人を人とも思わない連中ばかりだった。
ウェステンラの話では、人間に危害を加えぬよう共存の意志を抱いている淫魔もいるようだが――
そういう淫魔は、彼女の狩りの対象には入らないようだ。
どちらにしろ、化物が狩れるのならば俺に文句は無い。
「あのノイエンドルフ城は普段は魔界にあるが、一年に一回だけ人間界に移動してくる。
そして、人間界でしか手に入らない物品をまとめて仕入れるのだ」
そう言いながら、ウェステンラは城の方に視線をやった。
「人間界でしか手に入らない物品……?」
「電化製品や、映画のDVDやゲームソフトなどの娯楽品だな」
ウェステンラの返答に、俺は思わず肩の力が抜ける。
「何だ、その顔は? 機械技術なら人間界の方が進んでいるゆえ、魔界ではいかなる宝石よりも人間界の電化製品の方が価値がある。
それに、あの城は何人ものサキュバスが働く大所帯。娯楽品もかなり必要になる……
人間界で作られた映画やゲームなどの娯楽品は、特に年若いサキュバスに人気があるようだな」
「淫魔ってのも、超然と生きてる訳じゃないって事か」
「当然。淫魔という生物は人間よりも遥かに俗っぽいのだからな」
ウェステンラは、城から俺に視線を戻した。
「――さて、これからサキュバスの城に乗り込む訳だが……あらかじめ、何回か出しておいた方がいいだろう」
「出す……? 何を……?」
そこまで言って、俺はウェステンラの言葉の意味に思い至った。
少女は、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
「……その必要があるのか?」
「出しておけば万全、という訳でもないが……まあ、やらないよりはマシという程度だな。
どうする? このままノイエンドルフ城に乗り込むか? それとも、我が手伝ってやろうか?」
「……」
ウェステンラの言葉に、俺は――