妖魔の城


 

 「ぐっ、やめろ……!」

 僕は闘志を総動員し、拒絶の言葉を絞り出していた。

 こんなところで、サキュバスの餌食になるわけにはいかない――!

 「あは、やせ我慢しちゃって……じゃあ、無理やりトリコにしてあ・げ・る」

 メイは微笑みながら、僕の張り詰めた肉棒に豊満な胸を近付けてくる。

 「くそ……このおっ!」

 足をバタつかせ、なんとか抵抗の意志を示す僕。

 その際に、足元にあった何かを蹴飛ばしてしまった。

 それは、かなり大きな木片――沙亜羅がドアを破壊した時の破片だ。

 「きゃっ!」

 ほとんど偶然に僕の足に当たった木片は、メイの体をかすめて窓の方へ飛んでいく。

 そのまま窓ガラスを粉々に割り、外へと飛んでいってしまった。

 「なんてことするのよ。危ないじゃない……もう」

 そう言いながら、メイは僕のペニスにおっぱいを近付けていく――

 「く、くそっ……!」

 僕は観念した、その時だった。

 ざしゃっ、と部屋全体に足音が響き渡ったのだ。

 いや、むしろ何かが床に降り立つ音――

 「え……?」

 「ん? なぁに……?」

 僕とメイ、そして部屋の隅に控えていたマイの視線が、音の方向に集中する。

 さっきの割れた窓――その脇には、一人の女性が立っていたのだ。

 綺麗な長髪に端正な顔、華奢な体、そして無骨な拘束服。

 「ネ、ネメシア……!?」

 間違いない、吹き抜けの通路で会った追跡者だった。

 いったい、どうやってこの部屋まで入ってきたのか――

 

 「……」

 ネメシアはゆっくりと室内を見回し、そして椅子に拘束されている僕に視線を止める。

 そのまま、一歩一歩を踏みしめるようにゆっくりと近付いてきた――

 「ちょっとぉ、いいところで割り込んで来ないでよぉ」

 思わぬ乱入者に対し、不機嫌そうに呟くメイ。

 しかしネメシアは、そんな外野には視線すらやらない。

 ただ、僕のみをターゲットに歩み寄ってくる。

 「く、くそっ!」

 僕は拘束されたままもがき、腕錠をじゃらじゃらと鳴らしていた。

 やはり、強引にこれを破るのは不可能だ。

 それでも、なんとか逃げないと――

 「貴女も仲間? 一緒に遊んであげよっか――」

 一方メイは、つかつかと室内を進むネメシアの肩に軽く手を置いた。

 いかにも不用意に置かれた手――そんなメイの手首を、ネメシアはぐいっと掴む。

 「あいたた。やだ、ちょっと乱暴……」

 次の瞬間、メイの手首を掴んでいたネメシアの右腕が変化していた。

 ぐにゃりと歪み、肉の渦となってメイの腕をじゅくじゅくと取り込み始めたのだ。

 「えっ……? あなた、淫魔? そんな気配はぜんぜん全く……きゃあっ!」

 「メイちゃん!!」

 マイの鋭い声が室内に響く。

 ネメシアの右肩から先の肉がぶわっと膨張し、メイの体にぐるぐると絡み付いたのだ。

 それだけではない。ネメシアの全身から無数の細い腕が這い出し、メイの体をわしわしと掴んでいく。

 拘束服の上から突き出る、無数の腕――メイの纏ったメイド服は引き裂かれ、彼女は裸身をさらしていた。

 「な、なにこれ……!? あ、やぁぁぁぁぁ……」

 20以上の手がその身に集まり、掌が全身を這い回る――そんな愛撫に、メイは甘い声を漏らしていた。

 ネメシアの体から伸びた無数のしなやかな手は、メイの全身を甘く優しく撫で、触り、揉んでいるのだ。

 「や、やめてぇ……んん……!」

 快感の余り、床にへたり込もうとするメイ――その体を、ネメシアの本来の腕がぐいっと引き起こした。

 メイの小さな体を背後から抱きかかえるネメシアによって強引に直立させられ、愛撫の限りを受けるメイ。

 少女の裸身を、そして全身を這い回る掌を僕に見せ付けるように――

 

 「やめてぇ、やめてよぉぉ……ああぁぁぁ……」

 「ぐっ、くそっ……!」

 メイの嬌声を聞きながら、僕は必死で拘束を解こうともがく。

 そんな僕の横に立つマイも、呆然としたまま動こうとしない。

 目の前の光景は、淫魔である彼女にとってもイレギュラーな事態なのだ。

 「……」

 さらにネメシアの背中からは、淫靡な女性の上半身がずるりと這い出ていた。

 その女性は、妖艶な笑みを浮かべながらメイの自慢のおっぱいに腕を伸ばす。

 そして、その胸を優しくいじり回し始める――その女性に、僕は確かに見覚えがあった。

 あれは確かに、アルビーネ――あの、門番だったサキュバスだ。

 「やぁぁぁぁぁぁ……! あ……! ああああああぁぁん!!」

 アルビーネに胸をこね回され、そして無数の掌に全身を愛撫され、マイは体をがくがくと痙攣させる。

 とろんとした目で、口の端からヨダレを垂らす――もはや快楽に支配された表情。

 そんな風にメイの全身をじっくりと弄びながら、ネメシアの冷たい視線は僕のみに向いていた。

 次にこうされるのはお前だ、とその目が語っている。

 この女を片付けたら、次はお前だと――

 

 「メ、メイちゃん!」

 「だめぇ……マイちゃん、にげてぇ……」

 快楽で全身を震わせながら、メイはそう口走る。

 ネメシアの下腹部からは、にゅるりと巨大な舌のような器官が這い出していた。

 その表面は無数の柔突起がびっしりと覆い、全体は粘液でぬめっている。

 それはネメシアの下腹部から突き出て、メイの股の間を抜け、その表面を僕に見せ付けていた。

 柔突起の一つ一つがひくひくと蠢いている――それを、僕の目にしっかりと刻み込んでいるのだ。

 「く、くそっ……」

 僕はその瞬間、これはメイへの責めではないことを悟った。

 ネメシアのターゲットは、最初からこの僕なのだ。

 メイの全身をじっくりと弄ぶことで、僕が次に辿る運命をはっきりと悟らせる――

 ネメシアはすでに、僕を嫐っているのだ……!

 

 「や、やめてぇ……!」

 ネメシアの下腹部から這い出した舌のような器官を見て、表情を歪めるメイ。

 それは自身の股の間を通り、今にも股間全体を覆おうとしているのだ。

 粘液でヌメヌメに濡れ、蠢く突起を見せ付けられたメイの瞳は涙で滲んでいる。

 「そんなの、狂っちゃうよぉぉ……」

 しかしその舌は、残酷にもメイの股間にべちゃりと貼り付いてきた。

 「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」

 あられもないメイの絶叫が、室内に響く。

 その下腹部から股間にかけて、舌はぎゅるぎゅると巻き付いて覆い込む。

 まるで、オムツのように――あの内部では、性器全体が想像も付かないような感触に包み込まれているのだ。

 「や、や、やぁぁぁぁぁぁ……」

 メイの体がひくひくと痙攣する、と同時にじょろろろろ……と水音が響いた。

 彼女の股間から溢れ出す琥珀色の液体――快感のあまり、放尿してしまったのだ。

 「ひあ、あああああぁぁぁ……!」

 それでもなお、容赦なくネメシアの責めは続く。

 メイの全身をなぶるように弄びながら、ネメシアの目は僕だけを捕らえ続けていた。

 あの無数の掌で全身を嫐られたら、どんなに気持ちがいいだろうか。

 あの舌のような器官でペニスを包んでもらったら、どれほどの快楽なのだろうか。

 僕も、射精どころか失禁するまで弄ばれるのだろうか――

 いつしか僕は、不本意ながら股間を膨らませていた。

 

 「やぁぁぁぁぁぁぁん! ああああぁぁぁぁぁぁぁ――!!」

 涙もよだれも愛液も尿も垂れ流して、絶頂と快楽の限りを味あわされるメイ。

 彼女の自慢のおっぱいを愛撫していたアルビーネが、ふわりとその上半身を抱き締めた。

 ネメシアの両腕もメイの体を抱きすくめ、股間を覆っていた舌状の器官もぐにゅぐにゅと下半身全体に広がり始める。

 ゆっくりと、ゆっくりとメイの体がネメシアに浸食されているのだ。

 その快楽で緩む顔までが、じわじわとネメシアの肉の渦に呑み込まれていく――

 「メ、メイちゃぁん!!」

 「だ、だめぇ……にげてぇ……」

 助けに飛び込もうとしたマイを、メイの言葉が押しとどめていた。

 それが、快楽に抵抗して絞り出したメイの最後の言葉。

 胸が自慢だったあどけない淫魔少女は、ネメシアの体に丸ごと呑み込まれてしまったのだ。

 捕食した……いや、取り込んだ――?

 

 「くっ、この……!」

 次の瞬間、僕は手首の関節を外すのにようやく成功した。

 椅子に固定されている腕錠を抜け、そして椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる。

 「……」

 メイの体を平らげ、ゆっくりと華奢な人型に戻ろうとするネメシア。

 僕はそんな彼女に背を向け、ひたすらに駆け出した。

 「え……!? ま、待つのです……!」

 脱兎のごとく駆け出す僕に、そう叫ぶマイ――彼女は混乱しきっている様子だ。

 逃げ出した獲物を追わなければ――

 目の前の怪物から逃げなければ――

 そんな思考が入り交じったのだろうか、マイも僕の後を追おうとする。

 当然ながらそんなマイを待つはずもなく、僕は部屋を飛び出していた。

 

 「ここは……」

 部屋から出た僕の目に飛び込んできたのは、一直線に続く通路。

 どこに繋がっているのか把握する余裕もなく、僕は一目散に廊下を駆ける。

 マイのものと思われる足音が、ぺたぺたと僕の後を追ってくる――

 ――いや、彼女も一目散にネメシアから逃げているのかもしれない。

 そしてネメシアも、スローペースながら僕を追跡してきていることは間違いないだろう。

 「くそっ、なんて化け物なんだ……!」

 メイとマイの姉妹に捕まった時に、火器は全て奪われてしまったようだ。

 重火器ですら怪しいのに、素手でなど無理に決まっている。

 とにかく、ここはネメシアから逃げきらなければ――

 

 ひたすらに駆ける廊下の先にあったのは、透明なガラス扉。

 この扉を抜ける以外に、脇道はないようだ。

 扉の向こうの広い空間には、うっそうと生い茂った植物や木々が見える。

 おそらく、淫魔の植物園。

 普段なら絶対に踏み込みたくないところだが、ネメシアと正面から相対するよりはマシだ――

 僕は、ガラス扉のノブに手を掛けた。

 「あ、あれ……? おい……!」

 そしてノブを捻ってみるが、まるで手応えはない。

 まさか、施錠されている――?

 「そ、そんな……! くそっ!」

 僕はノブをガチャガチャとねじり、そして透明な扉をガンガンと殴り付ける。

 ……が、当然ながら扉はビクともしない。

 背後から近付いてくるのは、マイの足音。

 そして、そのさらに背後にはネメシアが――

 「くそっ!」

 いかに叫んだところで、扉は破れそうにない。

 逃げ道も何もない、まさに袋小路に追い詰められた状況。

 そして廊下の彼方から、たったった、とマイが追い付いてくる。

 綺麗な長髪をなびかせ、息を切らせながら――

 「くっ、来やがったか……!」

 そしてマイの背後から、ゆっくりとにじり寄ってくる影。

 やはり、ネメシア――!!

 

 「エイミ、お願い!!」

 マイは植物園の扉の前に立ち、そんな叫び声を上げた。

 いったい、誰に呼び掛けたのか――次の瞬間、扉の向こうの植物園でメキメキと地面を揺さぶる轟音が響く。

 植物園に君臨していた大樹が動き出し、人間の胴体ほどもある太さのツタが周囲へと伸び始めたのだ。

 そのツタの一本が透明な扉を一撃で叩き割り、しゅるしゅると廊下内に這い出てきた。

 そして僕を無視し、マイの背後に迫るネメシアへと伸びていく――

 次の瞬間には、ネメシアの全身をツタが締め上げていた。

 長身だが華奢な体に、ぎゅるぎゅると容赦なく巻き付いていく無数のツタ。

 さらに植物園からは、ラフレシアよりもさらに巨大な花が迫ってきた。

 その花弁の中心がぱっくりと口を開け、身動きを封じたネメシアを頭からぱっくりと咥え込んでしまう。

 そのまま、ネメシアは植物園の大樹の方に引き込まれていく――

 

 「ありがとう、エイミ!」

 そう言いながら、マイはぎゅっと僕の腕を掴んでいた。

 そのまま彼女は、壁に隠されていたスイッチを押す――すると、僕とマイの足元の床がかぱっと開いた。

 「え……!? うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 唐突に足元に開いた落とし穴に落ちていく僕とマイ。

 どうやらマイは、トラップを非常口代わりに用いたようだ。

 穴は途中から滑り台のようになり、僕はマイに腕を掴まれたまま闇の中を滑っていく。

 数秒ほどで闇のトンネルを抜け、僕とマイは薄暗い地下室へと転がり落ちていた。

 マイが一緒にいたからか、トラップのようなものが作動する気配はない。

 

 「ふう、逃げ切った……のか?」

 ゆっくりと周囲を見回す僕。

 そんな僕の背中に、ぎゅっとマイがしがみついてきた。

 「え――?」

 「許しません、よくもメイちゃんを……!」

 どうやら、ネメシアと僕が仲間だと誤解している様子のマイ。

 そんな彼女の口調には、あの部屋では感じなかった敵意と憎しみがこもっていた――

 

 

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