妖魔の城


 

 「……冗談言うな」

 僕は、肩をすくめて言った。

 「そう? ちょっと見たかったけど……」

 そう言いながら沙亜羅は、手にしていた搾精クラゲを木の幹に叩きつける。

 そして懐から拳銃を抜くと、容赦なく弾丸を食らわせた。

 発砲音が、静かな森に響き渡る。

 

 「……おい、こんな敵地で不用意に発砲するなよ」

 「大丈夫でしょ、まだ城には距離があるし――」

 そう沙亜羅が言い掛けた瞬間、僕達二人は同時に他者の気配を感じ取った。

 森を突っ切り、何かがこちらに接近してくる――!!

 

 「優……!」

 「ああ!」

 僕と沙亜羅は同時に拳銃を構え、気配の方向に銃口を向けた。

 その刹那、木々を縫って現れる一つの影。

 それは野生動物以上の速度で、こちらへ――

 

 「……人間か?」

 そして人影は、僕達の姿を認めて言った。

 そういう向こうも、少なくとも外見は人間。

 特殊部隊用のタクティカルベストを装着した、僕と同じ位の年齢の男がアサルトライフルを構えていたのだ。

 勇ましい格好とは裏腹に、彼は小柄で線の細そうな風貌をしていた。

 

 「人間か、と聞いている」

 拳銃の銃口を向ける僕と沙亜羅に対し、男はもう一度繰り返した。

 彼が持つライフルの銃口は、まっすぐ僕の方に向けられている。

 「私達は人間よ。あんたは――?」

 敵意を剥き出しにしながら、男の頭部に拳銃の銃口を向ける沙亜羅。

 「おい、沙亜羅……もう少し、穏便に済ませられないのか?」

 そう言いながら、僕は足元に拳銃を取り落とした。

 そのまま軽く両手を挙げ、お手上げのポーズを取る。

 「僕達は人間だけど――そういう質問を投げ掛けてくる以上、人の姿をした人間以外の生物がいるって知ってるんだよね?」

 「ああ……」

 そう言いながら、僕の胴体から銃口を逸らさずに男は近付いてくる。

 一方の沙亜羅も、男にまっすぐ銃口を突きつけたまま。

 

 「そっちの女、お前は素人には見えないな――」

 沙亜羅を横目で捉えつつも、男は僕から注意を逸らそうとしない。

 「そっちの男は逆に、余りにも素人臭過ぎる。それが不気味だ」

 「あんたこそ何よ。いきなり現れて、ケンカ売ってきて」

 男に対し、憎まれ口を叩く沙亜羅。

 僕が即効で無抵抗の意を示したのも、まるで意味はないようだ。

 

 「おい、少しは待たんか!」

 そこへ駆けつけてきたのは、なんと綺麗な少女。恐らく、男の連れだろう。

 外見は沙亜羅よりも年下、中学生ぐらいだろうか。なんとも偉そうな金髪の娘だ。

 少女は息を切らせながら僕達を一瞥した後、男に非難の言葉を投げ掛けた。

 「我は貴様のような野蛮人と違うのだぞ……少しは我を思い、ゆっくり走るとかという思いやりを――」

 「――おい、ウェステンラ。こいつらは人間か?」

 少女の言葉を遮り、男は尋ねる。

 「……」

 金色の瞳を僕と沙亜羅に向け、まじまじと眺めてくる少女。

 僕も、そしておそらく沙亜羅も、その視線に圧倒される。

 ほんの中学生程度の少女は、大の大人を軽く威圧できるほどの迫力を備えていたのだ。

 この少女は、一体――?

 

 「……二人とも、紛れも無い人間だ」

 「そうか――」

 少女の言葉に、男はようやく銃口を逸らした。

 「おい、沙亜羅。もういいだろ」

 「……」

 僕も、沙亜羅に銃を下ろさせる。

 ここで銃口を突き付け合っていても、話はまるで進まないのだ。

 

 「……で、お前達は何者なんだ? 少なくとも、たまたま迷い込んだ一般人じゃないだろう?」

 男は、おもむろに切り出してきた。

 「そういう、あんた達は? たまたま迷い込んだカップルには見えそうにないわ」

 いかにも喧嘩腰に、沙亜羅は男と少女に告げる。

 まさに、売り言葉に買い言葉だ。

 「俺達は――」

 「我は淫魔狩りを生業とする者、そしてこの野蛮人は我のしもべだ。

  こいつは余りの野蛮さゆえに粗暴な言葉しか知らんが、人間に対して害をなすものではない」

 さっきウェステンラと呼ばれた少女は、男の言葉を遮って口を開く。

 「あのノイエンドルフ城の当主、少々遊びが過ぎてな。討伐に参った次第だ」

 「――だそうだ」

 少し不機嫌そうに、男はウェステンラの言葉を継いだ。

 「淫魔狩り……?」

 やはり、あの城には淫魔と呼ばれる存在がいる――さっき沙亜羅の言った、人の精を糧とする妖魔だ。

 そして、このいかにも戦闘慣れしてそうな男と、どこか人間離れした気配を持つウェステンラ。

 そんな二人は、その淫魔を狩っている者達だと言うが……

 

 「……で、お前達は何者なんだ?」

 「それは――」

 向こうの素性をある程度は聞いた以上、こちらも何も教えない訳にもいかない。

 「実は……信じられないかもしれないけど、H-ウィルスというのが――」

 慎重に、言葉を選びながらH-ウィルスについて解説する僕。

 はっきり言って、そんなウィルスの作用など実物を見なければ与太話にしか聞こえない。

 にもかかわらず、男は僕の説明を聞いていた。いや、それどころか――

 「楽裏市の一件……そうか。お前達、あの事件の生き残りか」

 男は、納得したように口にしたのだ。

 「知ってるの……!?」

 たちまち目を丸くする沙亜羅。

 「……とすると、お前がサーラ・ハイゼンベルグか。『化物狩り』チーム・デルタのエース。

  楽裏市の一件で、上の指示を無視して単身現場に突入した娘だな」

 「……そう言うあんたも、『化物狩り』組織出身ね。そっちのお嬢さんは?」

 沙亜羅は、ウェステンラの方に視線をやった。

 「我は……『化物狩り』組織のアドバイザー的存在とでも言おうか。

  人間の組織を利用した方が、我の仕事も円滑にはかどるのでな。

  地脈の流れを辿るより、人間共の電波通信の方が効率が良い」

 そう告げるウェステンラの言葉は、どう聞いても自身が人間のものとは思えない。

 どうも人間離れした雰囲気を持っていると思ったが、やはり――

 

 「……あんたも、淫魔?」

 沙亜羅は、何の躊躇もなくウェステンラに尋ねた。

 「我が卑小な人間などに見えたか? そう言う貴様とて、極めて淫魔との親和度が高いではないか」

 「私が――?」

 目を見開く沙亜羅――その額へ、男は唐突にライフルの銃口を突き付けた。

 「……つまり、こいつも化物って事か?」

 「ふざけないで、私は人間よ」

 沙亜羅は素早く拳銃を抜くと、その銃口を男の顔面に向ける。

 銃口を突き付け合い、睨み合う沙亜羅と男。

 たちまち、周囲に緊迫した空気が流れる――

 

 「……」

 僕は懐から拳銃を取り出し、すかさず男の頭部めがけて発砲した。

 「ッ――!」

 男は一瞬で反応し、真横に飛び退いて弾丸を避ける。

 あのタイミングでこちらの銃撃を察知した――すなわち、こいつは並みの達人じゃない。

 同時に横の木を蹴り、空を舞いながらナイフを抜く男。

 僕もすかさずマガジンを入れ替え、男の胴部に狙いをつける――

 

 「やめんか、馬鹿者どもが!」

 不意に響き渡る、ウェステンラの一喝。

 「……ちっ」

 男はナイフを振るおうとせず、そのまま僕の眼前に着地した。

 露骨に戦意をなくした彼に対し、僕も発砲を思いとどまる。

 沙亜羅は、突然の展開にただ拳銃を構えて立ちすくんでいた。

 決して怯えていた訳ではないだろうか、突然の成り行きに反応がついていかなかったのだろう。

 

 ウェステンラは腰に手を当て、綺麗な瞳で男を睨む。

 「この二人は人間だと、さっき我が断言したではないか。

  淫魔への親和性が高いからといって、すなわち淫魔という事ではない。早とちりしおって、馬鹿者が」

 自身も淫魔だという少女は、そう男を叱責した。

 「なら、どういう事だ?」

 男に対して拳銃を構えたままの沙亜羅を、彼は横目で睨む。

 その視線には、明らかに憎しみの色がこもっていた。

 当然ながら、知り合って5分も立っていない沙亜羅個人への憎しみではないだろう。

 

 「その沙亜羅とかいう娘は、れっきとした人間。それは我が保証しよう。

  しかし、もしこの娘が淫魔化した際には、非常に格の高い淫魔になるということだ」

 ウェステンラはそう説明する。

 僕は、あの研究所での事を思い出していた。

 「おそらく、そういう血統なのだろうな。ごくまれに、人間にもこういう突然変異が出てくる。

  普通に生きれば、聡明な頭脳と高い運動能力を持つだけの『人間』だろう。

  しかし淫魔として覚醒してしまえば、並みの妖魔貴族など比較にならん。女王クラスにも匹敵する存在になるやもしれん」

 「淫魔として、自然覚醒する事はあるのか? 『あいつ』みたいに――」

 男は、ウェステンラに尋ねた。

 当然ながら『あいつ』とは誰を指すのか分からないが。

 「ない。あのアルラウネは元々淫魔で、それまで自分が人間だと思い込んでいただけだ。

  純粋な人間が、他の淫魔の干渉なくサキュバス化する事はない。特殊な例外を除いてはな――」

 「特殊な例外……?」

 ウェステンラは、そこで僕と沙亜羅に視線をやった。

 「その例外の一つが、恐らく貴様達の話に出てきたH-ウィルスだろう」

 「H-ウィルスが……!?」

 僕と沙亜羅は、共に驚愕の表情を浮かべる。

 「ああ。いったん宿主の命を奪い、淫魔として蘇生させるというイレギュラーな方式のようだが……

  そのウィルスは、対象のサキュバス因子を覚醒させるウィルスだろうな」

 そう言って、ウェステンラは腕を組んだ。

 「人間の淫魔化とは、中級淫魔レベルの魔力の持ち主が大量の魔力を消費して可能にする魔術。

  これを、単純なウィルス感染で行えるとは……人間も、恐ろしい代物を生み出すものよ。

  そのような便利なものがあれば、生粋の淫魔でも欲しがるだろう。己の遊戯の為にな――」

 「マルガレーテ……という奴か?」

 男は不意に言った。

 マルガレーテ――それが、あのノイエンドルフ城とやらの城主なのだろうか。

 「ああ、マルガレーテ・ノイエンドルフ――奴の格も妖魔貴族など比較にならん、女王クラスの最上位サキュバスだ。

  奴の魔力を持ってすれば他者の淫魔化など容易いだろうが、対象が数千人以上となってくると流石に手間だ。

  そんな淫魔化の技を、感染で可能にするH-ウィルス――奴の好みそうな遊び道具だな」

 嫌悪の表情で、軽くため息をつくウェステンラ。

 「H-ウィルスが遊び道具? どういう奴よ、そいつ……!?」

 沙亜羅は、たちまち血相を変える。

 「若い男をさらってきては、己の愉しみで責め殺しているサキュバスだ」

 そう言いながら、ウェステンラの目は露骨なまでに嫌悪感を示していた。

 「その齢は極めて若いが……魔界でも最上位の家柄と絶大な魔力で、魔界元老院にも食い込んでいる。

  奴の遊興で責め殺された者は、数千にのぼるだろうな」

 「……何よ、そいつ!」

 沙亜羅は怒りで口元を歪めた。

 「単なる娯楽で、数千人もの人間を……!?」

 「だから、生かしてはおけん。だからこそ、我等が来たという訳だ。奴の所業、余りにも目に余る」

 ウェステンラはそう言うと、僕と沙亜羅に視線をやった。

 「さて――貴様らも、目的はある程度同じと見た。奴はH-ウィルスを、面白い玩具としか思っていない。

  あのノイエンドルフ城は普段魔界にあるが、一年に一日だけ人間界に現出するのだ。

  その際、人間界でしか仕入れることが不可能な物品をまとめて入手する。H-ウィルスも、そのような品の一つなのだろう。

  奴の討伐に、手を貸す気はないか?」

 「確かに、黙っていられないわよね、優……!?」

 沙亜羅は、闘志に燃えた瞳で僕を見上げてくる。

 しかし僕は、その視線を軽く受け流した。

 「――いや、僕は反対だな。安易に関わっていい問題じゃないよ」

 「なによ、それ……!?」

 あっさり答える僕に対し、沙亜羅は非難の視線を送ってくる。

 予想通りの反応を尻目に、僕は話を続けた。

 「そのマルガレーテやらも、H-ウィルスを使って城内で大人しく遊ぶくらいなら問題ないじゃないか。

  少なくとも、大規模なバイオハザードに発展する恐れはないだろ」

 「それでも、数千人の人が殺されてるんでしょ!?」

 なおも噛み付いてくる沙亜羅。

 数千人やそこらなら、大した数じゃない――沙亜羅の反発は明らかなので、流石にその言葉は言わなかった。

 「とにかく、慈善事業でやるには危険過ぎる仕事だよ。僕は反対だな」

 「……納得いかない。そんなに大勢の人が殺されてるのに、見て見ぬフリは出来ないでしょ!?」

 これも、だいたい予想はできていたが……どうやら、沙亜羅の説得は不可能のようだ。

 僕がどれだけ言ったとしても、単身で城に乗り込んでしまいかねない。

 「――やれやれ、分かったよ」

 仕方なく、僕は頷いた。

 

 「……ふむ、話はまとまったようだな」

 そんな僕達の様子を見て、ウェステンラは頷く。

 「ああ。僕は深山優、こっちは沙亜羅。よろしく」

 「……須藤啓だ」

 男は、ようやく名を名乗った。

 といっても、握手も何もない名前だけの簡潔な自己紹介。

 まあ、ここで変にベタベタされるよりも数倍マシだが。

 

 ウェステンラは、一同をぐるりと見回した。

 「当然ながら、ノイエンドルフ城にいるのはマルガレーテだけではない。

  召使や、城で働く淫魔達――女王クラスの淫魔の世話役だ、中級や上級淫魔すらいるだろう。

  その者達に捕まれば、どのような目に合わされるか分からん。

  マルガレーテの元に引き出されれば最後、間違いなく拷問され責め殺されるだろうな」

 「……」

 僕達は黙り込んだ。

 その程度の危険は覚悟していると言いたいところだが、改めて言われるとやはり不安感が芽生える。

 「また、城内には幾多の搾精トラップが仕掛けられているだろう。搾精生物も徘徊していて、侵入者対策は万全。

  そんな中に乗り込むのだから、相当の危険が予測される――だが、一つだけ突破口がある」

 ウェステンラは軽く笑みを見せた。

 「淫魔の戦闘力は、そう高くはないのだ。戦闘に熟練した人間ならば、決して引けを取る事はない。

  搾精、という特質に注意さえすればな。サキュバスと相対した場合、向こうのペースには決して乗るな」

 「ああ、そのつもりだ」

 「要は、殺せばいいんでしょ?」

 須藤啓、次いで沙亜羅も頷いた。

 僕としても、迷わず応戦といきたいが――やはり女性型の敵との戦いとなると、例の弾切れがどうしても心配だ。

 「ところで、男の淫魔ってのはいないのか……?」

 ふと、そう尋ねる僕。

 相手が男であるなら、あの謎の弾切れも起きず問題なく戦えるのだが。

 「淫魔……いや、下等な搾精生物も含めて全て雌生体だ。男の淫魔や搾精生物など、この世に存在しない。

  例外的に、雌雄同体の種も僅かながらいるが……そういう種類も、あくまで女性がベースだ」

 つまり、またしてもあの弾切れと戦わなければいけないという事か――

 「なら、私は安全ってこと……?」

 そう尋ねる沙亜羅に対し、ウェステンラは首を左右に振った。

 「中級クラスのサキュバスなら、対象が女でも魅了は可能。まあ、当然ながら搾精は不可能だがな。

  それにノイエンドルフ城への侵入者ともなれば、女だからと言って逃がしてもらえるはずもない」

 「なるほど……まあ、みんな倒してしまえばいいのよね」

 そう言いながら、沙亜羅は拳銃のマガジンを入れ替えた。

 やはり、やる気マンマンのようだ。

 

 「それと――お前達に、渡しておくものがある」

 ウェステンラは、小型カプセルのようなものを取り出した。

 そして、それを僕と須藤啓に渡す。

 「……私は?」

 一方、きょとんとした表情を浮かべる沙亜羅。

 「貴様には不要だ。啓、それに深山優と言ったか、そのカプセルを歯に仕込んでおけ」

 「いざと言うときの自殺用……?」

 僕は、冗談めかして言った。

 青酸カリか何かの致死毒が入っていて、カプセルを噛むと流れ出す――そんな仕組みじゃないだろうな?

 「似たようなものだが、少し違う。お前達二人は、優れた遺伝子――つまり、極めて上質の精を持っているようだ。

  それはすなわち、淫魔の大好物に他ならない」

 「僕達が……?」

 そんな事をいきなり言われても、意味が分からない。

 優れた遺伝子と言われて悪い気はしないが、淫魔の大好物ってのは都合が悪くないか?

 「そのカプセルを噛み砕けば、我が特別に調合した魔術薬が流れ出す。

  それは、質の高い精を極めて粗悪な精に変えてしまうのだ。我がその魔術を解除するまで、半永久的にな。

  すなわち、淫魔にとって魅力のない獲物となる事を意味する」

 「……使いどころが難しいな。無いよりはマシだが――」

 そう言いながらも、須藤啓はカプセルを口の中に入れた。

 そして、指で奥歯の凹んだところに仕込んだようだ。

 確かに彼の言った通り、この魔術薬の使い所は非常に難しいだろう。

 淫魔にとって魅力のない獲物だからといって、何事もなかったかのように逃がしてくれるとは思えない――

 そう思いつつ、僕も歯にカプセルを仕込んだ。

 これも彼の言った通り、ないよりはマシだ。

 

 「では、ここで二手に分かれるとしよう。4人でぞろぞろ歩いていてはすぐ見つかるしな」

 ウェステンラは、おもむろにそう提案した。

 「そうだな。ここで急増したメンバーじゃ大したチームワークも発揮できそうにない。

  それよりは、二組に分かれて敵を撹乱するほうが効果的だろう」

 須藤啓も、ウェステンラに同意する。

 そして僕も、二人の意見に賛成だった。

 「沙亜羅はどうだ?」

 「異論なし。気心の知れない奴と一緒に行動するより、二手に分かれるほうが身軽でいいわ」

 さらりと、毒の入ったコメントを告げる沙亜羅。

 こうして僕達は、ウェステンラ&須藤啓と、僕&沙亜羅の2チームに分かれた。

 ウェステンラ達は正門から、僕達は裏門から忍び込む事になったのだ。

 

 

 

 

 

 「あ〜! あの須藤啓とかいう男、なんか嫌な感じ……!」

 あの二人と別れ、裏門への道の途中。

 沙亜羅は、いかにも憎々しげに言った。

 どうやら、沙亜羅と須藤啓の二人は決定的に波長が合わなかったらしい。

 「でも……あの男、見ていて痛々しかったな」

 「痛々しい……?」

 足を進めながらも、沙亜羅はきょとんとした表情を浮かべた。

 「だって、痛々しいじゃないか。化物を狩るためだけに生きてるって感じだったよ、あの男は」

 ウェステンラに示された裏門への道を行きながら、彼の態度を思い出す僕。

 「たぶん、手段と目的が完全に逆になってるんだろ。

  化物を狩って平和な世の中にとかそういうのじゃなくて、化物を狩る事自体が目的なのさ。

  その為だけに自分がいる――自身のアイデンティティを、その目的のみに見出したタイプだ」

 「……なんで、そんな事に?」

 「ま、大体の見当はつくけどね。あそこまで人を狂わせるのは、復讐の念以外にないだろ……」

 「そうなるのかな……」

 そう呟き、黙り込む沙亜羅。

 おそらく、姉の事を考えているのだろう。

 僕も口を閉ざし、静かに足を進めた。

 

 しばらくの間、僕と沙亜羅はお互いに口を利かなかった。

 沈黙に耐えかね、僕は話題を変える。

 「よく考えれば……連中も、僕達がここに来ていることを知ってるんだよな」

 連中とは、H-ウィルスを現在も開発している奴等やその黒幕のことだ。

 余談だが、このウィルスの研究施設にいる科学者や技師はほぼ全員が女性である。

 単にウィルスの性質上、女性の研究者を優先的に配置しているのか。

 それとも、女性を本能的に惹きつける何かがあるのか――

 とにかく、連中からすれば僕と沙亜羅の存在は邪魔者以外の何でもないのである。

 

 「私達があのリストを奪った事も知ってるから、当然ながらここに現れる可能性も考慮してるでしょ。

  敵は、マルガレーテとかいうサキュバスだけじゃないのかもね」

 沙亜羅は肩をすくめて言った。

 「……でも、連中の手の者が城の中で待ち伏せしてるのは不可能だろう?

  ウェステンラの話だと、マルガレーテと連中は単なる商売上の関係みたいだし。

  うかつにあの城で待ち伏せても、僕達に会う前にサキュバスにやられるだろ」

 「まあ、そうなんだけど……」

 とは言え、用心に越した事はないだろう。

 僕達を葬るためなら、連中はどんな手でも使ってくるのだから。

 

 ふと気付けば、僕達は裏門の前に立っていた。

 簡単に乗り越えられそうな門壁の向こうに、城内への扉がある。

 こうして見る分には、とても警戒が厳重だとは思えないが――

 

 『ふむ、着いたようだな』

 「……!?」

 不意に、僕の頭の中にウェステンラの声が響いてきた。

 これが、いわゆるテレパシーというやつだろうか。

 『こちらも、現在正門の前に立っている。これより、同時突入するぞ』

 「ああ……」

 「分かったわ」

 僕と沙亜羅は、その無警戒にも見える裏門に視線をやった。

 『なお城内では、そう頻繁には念話が使えん。敵に位置を察知される恐れがあるからな』

 「ああ……こっちはこっちで、うまくやってやるさ」

 僕は軽く額の汗を拭い、頷いた。

 城を見上げているだけで、なんとも嫌な予感がする。

 やはり、女王クラスの淫魔が住むという城はダテではないようだ。

 

 僕と沙亜羅の頭の中に、なおもウェステンラの言葉が響いた。

 『いかにサキュバスの戦闘力は高くないとはいえ、女王クラスともなれば話は別だ。

  我と啓でマルガレーテの暗殺に向かうゆえ、貴様らはなるべく派手に城内をかき回してくれ。

  応戦してくる敵を二つに割るだけでも、こちらは随分と楽になる』

 「了解、分かった。どこまでやれるか分からないけど、適当に暴れてみる」

 『では、健闘を祈るぞ』

 そう言い残して、ウェステンラからの念話は切れた。

 「何よそれ……結局、私達はオトリ役ってこと?」

 いかにも不機嫌そうに呟く沙亜羅。

 「それでも、マルガレーテやらと正面きってぶつかるよりはマシだろ」

 「まあ、そうだけど……」

 沙亜羅をなだめながら、僕は持ち物ケースの中身を確認した。

 拳銃にショットガン、マグナム、それらの銃器の弾薬、それにハーブ――万全だ。

 

 「じゃあ、行くぞ!」

 「ええ……存分に暴れてやるわ!」

 こうして、僕と沙亜羅はノイエンドルフ城に乗り込んでいった。

 

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