ゾンビ娘


 

 青年は棺を背負い、険しい山を登っていた。

 山頂にあると言われている、とある魔術研究所を目指して――

 

 熟練した登山家でも難所であるのに、棺を背負っての登山は熾烈を極めた。

 それでも、彼は魔術研究所とやらに辿り着かなくてはならない。

 たとえ、この命に代えてでも――そして青年は、とうとうその山を登り抜いた。

 

 「辛かっただろう、美代菜。でも、いよいよだ。いよいよ……」

 青年は目の前にそびえる魔術研究所を見据え、背負っている棺に語りかける。

 ここまで、非常に遠い道のりだった。

 美代菜を失い、悲しみに暮れ、とある禁断の研究について聞き及び――

 そして彼は、とうとう魔術研究所の前に立ったのだ。

 以前の青年なら、魔術の存在など鼻で笑っていただろう。

 しかし彼は、今はそれを狂おしいまでに欲していた。

 魔術に手を出そうが、悪魔に魂を売ろうが構わない。

 美代菜さえ、この世に戻ってきてくれれば――

 

 その古めかしい研究所の入口には、呼び鈴がなかった。

 青年はそのまま入口の扉を開け、無断で研究所の内部へ入る。

 そこは研究施設というよりも、古びた洋館と言った方が適切かもしれない。

 中は薄暗く、非常に古めかしい。

 ここでたった一人、禁忌の研究に手を染めている魔術師がいるのだという。

 世の理に背く秘術――死者の復活。

 

 青年は、ありったけの財産を持ってきた。

 それでも、世を捨てたという魔術師とやらが反応してくれるかは分からない。

 研究所の廊下をぎしぎしと踏み鳴らして歩を進めながら、青年は懐のナイフの柄を握り締めた。

 いざとなったら、これを突き付けてでも――

 

 「あら、泥棒……? って訳でもなさそうね」

 廊下を進む青年の前に、一人の美しい女性が姿を現した。

 彼女はまだ年若く、20代の前半から中盤だろうか。

 奇妙な黒衣を身にまとい、異界のごとき雰囲気を醸している。

 「あんたが、ここに一人で住んでいるっていう魔術師か……?」

 青年は、異装の女性に語りかけた。

 「ええ、そうよ。禁忌の魔導師ネクリア・フェルスタゴラスとは私のこと」

 女性は軽やかに笑う。

 どうやら、青年の会うべき人物はこのネクリアと名乗った女性で間違いないようだ。

 こんなところで研究に打ち込んでいる魔術師というからには、もっと年老いた男性を想像していたが――

 

 「で、貴方は――?」

 そう問いかけながら、ネクリアは青年の背負っている棺に視線を移した。

 「――っと、貴方のことはいいわ。大体想像がつくから。で、恋人? 友人? それとも妻?」

 「恋人だよ。一ヶ月前に、病気で――」

 「泣き言も思い出話も聞きたくないわ。とにかく来なさい」

 ネクリアは背を向け、青年を研究室の奥まで導いた。

 彼は、素直にネクリアの後についていく。

 正直、拒絶されるものだと青年は考えていた。

 いとも簡単に話が運んだ、それに対する不審感が青年に無かったわけではない。

 

 「……で、防腐処理はしてある?」

 ネクリアは、不意に青年の方に向き直った。

 「ああ、一応……」

 「そうなの。果物もそうだけど、ちょっとくらい腐ってるのがイイのに……」

 ネクリアは意味ありげに笑う。

 なにやら不吉な悪意を感じた青年は、話題を変えた。

 「あんたは、どうしてたった一人でこんな研究を……?」

 「学術的好奇心よ。それ以外の何でもないわ」

 ネクリアは突き放すように告げる。

 これ以上質問するな、彼女の言葉はそんな重みを持っていた。

 またしても、青年は話題を変えざるを得ない。

 「俺、あまり金を持っていなくて……」

 「そんな、個人のささやかな財産なんかに期待してないわ。この研究所の資金、どこから出てると思っているの?」

 ネクリアは言う。

 どこから……おそらく、相当なバックがついているのだろう。

 つまり、些細な金額など受け取る気はないと言う事らしい。

 ネクリアは、無償でこんな事を……?

 

 「ここが実験室よ。入って」

 青年が通されたのは、実に奇妙な部屋だった。

 祭壇や奇妙な悪魔像、魔法陣などの魔術的な器具。

 そして大型機械やコンソール、ディスプレイなど最新科学の産物。

 それらが、この実験室に同居していたのだ。

 さらに部屋の真ん中には、なぜかダブルベッドのようなものがある。

 

 「それじゃ、愛しの彼女を真ん中のベッドに横たえて」

 「あ、ああ……」

 ネクリアの指示を受け、青年はゆっくりと棺を開けた。

 山を越えてきたので心配だったが、美代菜はそのままの姿で棺に横たわっていた。

 美しい顔に安らかな表情を浮かべ、その目を静かに閉じたまま――

 青年は、ゆっくりと恋人の体を抱き上げる。

 「ふふ…… フランス人形みたいに綺麗な娘。執着するだけの事はあるわね」

 その様子を見て、ネクリアは笑った。

 青年はそのままベッドの上に美代菜を横たえさせる。

 そんな美しい女性の屍に、ネクリアはふと目を留めた。

 「あら? 防腐処理が素人仕事ね。ちょっと腐敗が始まってるわ……」

 「そ、そうなのか……?」

 青年には分からなかったが、ネクリアのような専門家が言うのだからそうなのだろう。

 「でも、好都合かもね。『儀式』を行うのには」

 ネクリアは、操作パネルの前にあった椅子に腰を下ろした。。

 「腐りかけの方がイイって言ったでしょ。このくらいが、一番気持ちいいのよ……」

 「儀式?」

 「ええ…… でも、その前に」

 ネクリアの不適な笑みが消え、みるみる真顔になる。

 「この蘇生施術は、まだ実験段階なの。それでも構わない?」

 「ああ。美代菜が戻ってくるのなら、何でも構わない」

 青年は頷いた。

 「不完全な蘇生術で大切な彼女がどうなっても、後悔しない?」

 「ああ。美代菜がこのまま動かない以上の後悔はない」

 「死者を生き返すという事の意味が分かってる? それが、どれほど背徳的な事なのかも?」

 「ああ。美代菜が生き返るなら、背徳だろうが犯罪だろうが関係ない」

 「そう、分かったわ――」

 ネクリアは軽く笑った。

 「――じゃあ、彼女の死体と交わりなさい」

 「交わる…… って、まさか!?」

 青年は、ネクリアのとんでもない言葉に顔色を変える。

 「そう、セックスしなさいって言ってるのよ。生きてた時にはやってたんだろうから、問題ないでしょ」

 「ふざけるな! なんでそんな事――」

 「蘇生術に必要なのよ。背徳だろうが犯罪だろうが関係ない、って言葉は嘘だったの?」

 表情を怒色に染める青年に対し、ネクリアはぴしゃりと告げる。

 「こんな事もできないのなら、そこから先なんて貴方には受け入れられないわ。愛しのお姫様の死体を抱えてとっとと帰りなさい」

 「分かったよ。蘇生に必要なのなら、それくらい……」

 青年は、ゆっくりと承諾した。

 美代菜が生き返るのなら、どんな事でもやってみせる。

 彼のその決意に、嘘はなかった。

 「どこですればいいんだ? もしかして、今ここで……?」

 「そう、今ここで」

 ネクリアは笑う。

 「私の事は気にしなくていいわ。さぁ、彼女の死体に精を注ぎなさい」

 「……」

 青年はネクリアから目を逸らし、ゆっくりとジーンズとトランクスを下ろした。

 そして、ベッドの上で横たわる美代菜にのしかかる。

 氷のように冷たく、やや強張った肉体。

 不快感や気味悪さなどの嫌悪感は感じない。

 ただ、美代菜を汚してしまうのが辛いだけだ。

 

 「ごめん、美代菜……」

 青年は物言わぬ恋人に語りかけた。

 「でも、もう大きくなってるのね。貴方も、彼女としたかったんじゃないの? 良い口実を貰っちゃったわね」

 勃起した彼のペニスを見据え、ネクリアは笑う。

 青年は、さっきから挑発的な言動を吐くこの女性を無視した。

 そして、そのまま濡れてもいない女性器にペニスの先端を押し当てる。

 やや固い、挿入を拒絶するような感覚。

 「どうしたの? 一気に入れちゃいなさいよ」

 「でも、これだと……」

 「大丈夫。中はステキな事になってるから。入れると気持ちいいわよ、たぶんね」

 「……」

 青年は意を決し、一気に彼女の中へ突き入れた。

 

 ずぬぬぬぬ……

 固い肉の裂け目を押し開け、青年のペニスが美代菜の膣内に侵入する。

 「え……? なんだ、これ……!」

 彼女の膣内は、異様なまでにネバついていた。

 ぐにゃぐにゃの肉がねっとりとペニスに絡み付き、独特の感触を送ってくる。

 「うぅ…… ああッ! 美代菜……!」

 「ふふ…… 病み付きになりそう?」

 青年の表情が快感で歪むさまを見て、ネクリアは笑った。

 「屍姦マニアが言うには、腐りかけを犯すのが一番気持ちいいんだって。膣内がぐちゅぐちゅで、ねっとりと絡み付いてくるから……

  それでいて、顔や体は綺麗なもんだし。どう? お気に召したかしら?」

 「うぁ……! ああぁぁ……!」

 青年は、その異常な感触に腰を振りたてて悶えた。

 ネクリアの言う通り、美代菜の膣内はぐちゅぐちゅと粘つきながら絡み付いてくる。

 その独特の感触は、たちまち青年を絶頂まで押し上げた。

 彼は性感の激流を押さえきれず、そのまま下半身で白く弾ける。

 「うあっ! 美代菜! 美代菜ぁぁ……!!」

 彼女の名を呼び、その冷たい体にしがみつきながら青年は果てた。

 屍の中に、ドクドクと精液を注ぎ込む。

 死体と性交しているという究極の背徳感に翻弄されながら、彼は最後の一滴までを出しきった。

 死体を犯したというより、死体に搾り取られたと言った方が正しいかもしれない――

 それほど、青年は美代菜の膣が与えてくる感触に翻弄された。

 

 「ふふ、準備完了ね」

 ネクリアは何やら機械を操作し、ディスプレイをチェックする。

 そこには、美代菜のあらゆる生体情報が表示されていた。

 当然、さっきの姦淫における膣内の変化も。

 「あらあら、随分たくさん出したのね。こんなに搾り出しちゃうなんて…… 死んでいながら、なんて素敵な女性」

 「もう、いいだろ……」

 青年は、ゆっくりとベッドから降りようとする。

 「待ちなさい。そのままそこへ」

 ネクリアは鋭く指示した。

 そして、手元のキーボードでなにやら次々と入力を始める。

 同時に周囲の魔法陣が輝き始めた。

 その魔術模様はやんわりと赤い光を放ち、周囲に力が満ちていく。

 「――術式開始。失われし魂をこれに」

 ネクリアは静かに告げた。

 すると、美代菜の屍が微かに揺れ始めたではないか。

 「……!」

 青年は、恋人の亡骸を注視する。

 美代菜の指が微かに動き、さらに腕が持ち上がった。

 「そんな…… 美代菜!」

 青年は、歓喜の声で美代菜に呼びかける。

 「脳波は戻ったわ。脈拍も正常――」

 ネクリアは、ディスプレイに映し出されるデータを素早くチェックする。

 「じゃあ、お楽しみの時間ね」

 「お楽しみ……?」

 ネクリアの言葉を不審に思ったが、次の展開に青年の疑念は吹き飛んだ。

 美代菜が、そのままゆっくりと体を起こしたのだ。

 「美代菜!! 俺が分かるか!?」

 美しい顔を無表情で染め、まるで微動だにしない美代菜。

 その首がくいっと青年の方を向き、彼の存在を認めた。

 そして、彼女の両腕が青年の方にゆるゆると伸ばされる。

 

 「美代菜! 良かった、美代菜!!」

 ついに青年の望みは叶った。

 どこか好かない女性だったが、今だけはネクリアに感謝の意を表したかった。

 青年は、そのまま美代菜を強く抱き締める。

 冷たい体。だが、多分それも今だけだろう。

 じきに、温もりが戻って――

 

 「美代菜……? 何を……」

 青年は、思わず美代菜の無表情な顔を覗き込んだ。

 彼の両肩が強く掴まれ、そのまま強く押されているのだ。

 そして青年はそのままベッドの上に押し倒された。

 一体、何を――

 

 「おい、美代菜! 俺だよ! 聞こえてるか、おい!」

 「聞こえてるわけないじゃない」

 その問いに答えたのは、美代菜ではなくネクリアだった。

 「言ったでしょう、まだ実験段階だって」

 「確かにそうは聞いたけど……」

 美代菜は強靭な力で青年をベッドに押し倒した。

 無表情な顔のまま、生気の無い瞳を彼に向けて――

 そして、青年の上にのしかかってくる。

 「やめろ……! おい!」

 狼狽する青年を楽しそうに眺め、ネクリアは口を開いた。

 「まだ臨床データを集めてる段階なのよ。とにかく今は、沢山の実験体が必要なの」

 「俺は、お前に実験体を提供しにきたわけじゃ……!」

 「変わらないわよ。きちんと事前に実験段階と告げたのに、貴方は了承したでしょう? 別にダマしたわけじゃないわ」

 ネクリアは平然と言いながら、ディスプレイに表示される数字のメモを取る。

 「こうやって、私の研究は完成に近付いていくの。何度も何度も実験を繰り返して、一歩一歩……」

 

 美代菜は青年にまたがったまま、彼のペニスに視線をやった。

 その上に美代菜の女性器が擦り付けられる。

 内部からは、粘液や青年が注いだ精液が滴っていた。

 「じゃあ、楽しんでね。そうなった彼女でも、セックスは出来るわ。嬉しいでしょう?」

 「ふざけ……! うぁッ!!」

 

 ――ぬぷっ。

 たちまち固くなったペニスは、奇妙な感触に呑み込まれた。

 亀頭やサオが、ねっとりと粘った底なし沼のようなものに包み込まれている。

 美代菜は青年にまたがったまま、騎乗位の体勢で膣内に挿入してきたのだ。

 「ああ…… 美代菜……」

 やや腐敗した女性器にペニスを咥え込まれ、青年はたちまち脱力した。

 キツい締まりこそ無いが、その粘つく感触は独特の快感を与えてくれている。

 

 「どう? ちょっと緩いから不満? イきそうになったら言いなさい、たっぷり締め付けてあげるから」

 そう言って、ネクリアは淫らに笑う。

 「ふざけるな……! なんで、こんな…… うぁぁぁぁぁッ!!」

 ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゅ……

 やや腐敗した蜜壷は、青年のペニスから精気を奪うためのもの。

 自分は、そこから精液を吸い上げられようとしている――

 そんな背徳感に、青年はみるみる高まっていった。

 

 「美代菜ぁ…… 美代菜ぁ…… ああぁぁぁ……」

 青年の喘ぎ声が、熱を帯びていく。

 「あらあら、早くもクライマックスみたいね。愛しの美代菜ちゃんの中、そんなにイイの?」

 そう言いながら、ネクリアはコンソールを操作した。

 美代菜の脳に特殊な波を送り、脳波をコントロールする。

 「じゃあ、一気に搾り出してあげる」

 ネクリアは、淫靡な笑みを見せた。

 

 かくっ、と美代菜は頷く。

 いや、脳に送られた波長に対する肉体反応だろう。

 ねちゃ…… ねちゃ…… きゅぅぅぅぅぅ……!

 「……!? ああぁぁぁッ! うわぁぁぁぁッ!!」

 それと同時に、美代菜の膣内がきゅっと狭まってきた。

 ねっとりと粘つきながらも青年のペニスに密着し、一気に搾り取ろうとしてくる。

 その甘美な締め付けに、青年はあっという間に屈した。

 これ以上、美代菜を汚すわけにはいかないのに――

 

 「ううっ…… ああッ! 美代菜ぁ! 美代菜ぁ!」

 どく、どく、どく、どく……

 美代菜の冷たい膣内に、青年の精液が断続的に吐き出された。

 心地よい射精を味あわせるべく、美代菜の性器は淫らな収縮を続ける。

 青年は腰を振り立て、精液をたっぷりと搾り出されてしまった。

 決して生命を育むことの無い、既に生殖機能を失った膣内へ――

 

 「どう、死体なんかに搾り出されちゃった感想は?」

 嘲るように笑いながら、ネクリアは脳波のデータをチェックする。

 「やっぱり、射精の瞬間に脳波が乱れるわね。本能的な歓喜? それとも―― これが、今後の研究のカギになりそうね」

 「何を…… どういうことなんだ!?」

 「蘇生した死者は、極めて思考能力が低下しているの――と言うより、人間レベルの思考能力すら持ち合わせていない」

 ネクリアは椅子を回転させ、青年の方に向き直った。

 「そして本能的な欲求を満たすために、ただひたすら男の精を渇望するの。男を犯すだけの肉人形にね――」

 「そんな…… なんで、そんな重要なことを事前に……!!」

 美代菜に組み敷かれたまま、青年は声を荒げる。

 「不完全な蘇生術でどうなっても後悔しない、あなたは確かにそう言ったわ」

 「そうだけど、こんな……!」

 それでも、分かりきった結果だったら事前に説明しても良かったはず。

 だが結果を言ってしまえば、誰も了承はしないだろう。

 ネクリアにとっては、実験のチャンスを失うだけ。

 やはり、この女は騙したのだ。

 形はどうあれ、ネクリアには確実に悪意があった――

 

 「くそっ! なんとかしろ! 美代菜を戻せ、止めさせるんだ!」

 青年は美代菜に押さえ込まれたまま、手足をバタつかせて反抗した。

 「うるさいわねぇ…… やってしまいなさい、美代菜ちゃん」

 ネクリアは素早く機械を操作した。

 その途端、美代菜はゆさゆさと腰を揺すり始める。

 「おい……! うぁ、うぁぁぁぁぁぁ……」

 ペニスは彼女のぐちゅぐちゅの膣内で翻弄され、腰を振る動きに嫐り回された。

 「単純ね、男って。少し快感を与えてあげたら、たちまち反抗もできなくなって……」

 そう言いながら、ネクリアはデータのチェック作業に戻る。

 ノートにはいくつもの数字が書き記され、過去のデータと入念に比較された。

 その背後では、ぐちゅぐちゅという粘音と男の歓喜にも聞こえる悲鳴が響いている。

 ぐちゅ…・・・ ぐちゅぐちゅ、ぬちゅ……

 

 「――1回目の射精におけるデータの検証は完了したわ」

 ネクリアは軽く息をつき、ベッドの上で淫らな交接を続ける男女を見据えた。

 「死体に犯されるっていう背徳感、たまらないでしょう。死体を犯していた時と、どっちが感じる?」

 「ああ…… うぁぁぁぁ! うぁぁぁぁぁッ!!」

 青年は激しく喘ぎ、ネクリアの問いに反応する余裕すらない。

 美代菜は無表情のまま腰を振り立て、青年を悦ばせ続ける。

 彼のペニスは腐敗しかけたぐちゅぐちゅの膣内でもみくちゃにされていた。

 「ああッ!! ああぁぁ……」

 不意に青年の表情が緩み、一筋の涎が垂れた。彼の腰が小刻みにぴくぴくと痙攣する。

 「ふふ…… またイっちゃった。良かったわね、愛しの美代菜ちゃんにいっぱい搾り取ってもらって」

 ネクリアは笑いながら、再びデータの検証を始めた。

 「貴方はこのまま、美代菜ちゃんに精液を搾られ続けるのよ。

  彼女は本能的な渇望感しか持ち合わせず、ひたすらに男の精気を奪う事しか頭に無いのだから」

 「そんな…… そんな事…… ああッ!」

 二度も射精してなおペニスを嫐られ、青年は声を上擦らせる。

 美代菜の内部はねちゃねちゃに粘つき、それが腰の動きによってシェイクされて極上の感触をもたらしていた。

 「ふふ…… もっと可愛がって、いたぶって、弄んであげなさい」

 ネクリアは機械を操作し、さらなる動きを美代菜に伝える。

 単調に上下に揺さぶっていただけの彼女の腰が、こねくり回すような複雑な動きを開始した。

 その中に挿入しているペニスは、粘った感触に包み込まれながら弄ばれる。

 接合部からは粘液がぐちゅぐちゅと溢れ出し、青年の股間をねっとりと濡らした。

 「ああ…… 美代菜、美代菜ぁ……」

 青年は喘ぎながら、絶頂を迎えようとする。

 「あら、もう三回目? 二回目のデータを検証するヒマさえないのね」

 呆れたように言いながらもネクリアはコンソールを操作し、さらなる悦楽の動きを実行させる。

 「じゃあ、思いっきり搾ってあげるわ。ぎゅぅぅぅぅぅっとね」

 「ああぁぁぁぁ…… うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 ねちゃねちゃ…・・・ きゅっ……! きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!

 美代菜の膣内が、ネクリアの言葉のごとく鮮烈に締め上げてきた。

 たちまち青年は、美代菜の中になすすべもなく精を漏らしてしまう。

 射精中のペニスを容赦なく締め上げられ、青年は身悶えた。

 彼の精液は根こそぎ吸い上げられ、青年は快感の残り香と満足感、そして背徳感に身を震わせた。

 

 「……不毛ね。まさに言葉通り不毛。何も実りはない行為。まあ私は、データが取れるから良いんだけど」

 ネクリアはディスプレイに表示される数字をチェックしながら、嘲笑する。

 「生殖もできない、淫魔のように精を養分にすることすらできない肉体に精液を注ぎ込む……

  男にとってどういう感覚? 気持ちいいから、どうでもいいのかしら?」

 青年はようやく、射精の快感から解放された。

 美代菜の腰の動きは落ち着き、青年のペニスはぐちゅぐちゅの膣内にただ咥え込まれている。

 そんな彼の中に、徐々に怒りが燃え上がり始めた。

 美代菜の屍を最悪の形で汚したのは自分だが、そうさせたのは目の前の女――ネクリアだ。

 この狂った女性に騙され、自分達は実験台にされた――

 

 青年の目に宿った理性的な光に気付いたのか、ネクリアはメモを置いて青年の顔を見据えた。

 「死者を蘇らせようとする伝承は世界に数多いわ。黄泉の国へ赴いたイザナギ、冥界のオルフェウス、『撰集抄』における西行……

  でも、ハッピーエンドに終わる話は皆無。何故だか分かる?」

 「なん、だと……?」

 ネクリアの理性的な問い掛けに、青年の脳は覚醒していった。

 それでも、彼女の問いに答えを出す事はできなかったが。

 「元来、死者は還らないからよ。それを無理に成し遂げようとすれば、悲しい運命が待っている。

  自然の理を曲げようとした者への救いなど、この世界の何処にも無い――」

 「お前は、どうなんだ! お前こそ、その世界の理を曲げようと研究を続けているんだろう!」

 青年は怒鳴った。

 怒りが、快楽に溺れそうになっていた彼の頭をクリアにさせる。

 「お前は、最愛の人を蘇らせようという目的もなく、ただ己の知識欲を満たすために……!」

 「なら、最愛の人を蘇らせようとするのは崇高な目的だと言うの?」

 ネクリアは微かに肩をすくめ、嘲笑的な表情を浮かべた。

 「……笑わせるわ。それはただの現実逃避。愛する者がいなくなった世界を受け入れられないだけじゃない」

 「……違う。それは……」

 青年は表情を曇らせた。

 真っ向から否定できない――いや、図星なのは明らかだった。

 「違わないわ。死者を復活させたいというのは、単なる貴方のエゴよ」

 「違う! 俺は、美代菜の事を想って……」

 「それが貴方のエゴなのよ。美代菜とやらは蘇生を望んだ? こんな姿での復活を望んだ?」

 「違う! 俺はただ、純粋に美代菜を求めて……」

 「動機が純粋だからって、結果まで純粋になるとは限らないでしょう」

 ネクリアは青年に蔑んだ視線を送った後、表情を曇らせた。

 「死者を復活させる話にハッピーエンドなんてない。復活譚はすべからくバッドストーリーなのよ。

  円満に復活した人物なんて、イエス・キリストくらいだわ」

 「違う、違う、違う……」

 青年は、まるで自分を納得させるように呟き続ける。

 「『撰集抄』において西行の施した反魂の術は、なぜ失敗だったのだと思う?」

 なぜかネクリアは、自嘲しているかのように告げた。

 「肉体は蘇生しても、魂は還らなかったのよ。反魂の術で出来たのは、ただの魂無き化け物に過ぎなかった――」

 「……」

 目の前の不遜な女は、初めて同意できる事を言った。

 こいつはもう、美代菜じゃない。

 美代菜の形をした、魂無き化け物だ――

 

 「違う! こいつは、美代菜なんかじゃない!」

 青年は、渾身の力で美代菜を振り払った。

 彼女はそのまま、ベッドの上で無防備に転がる。

 すかさず彼は、懐からナイフを取り出した。

 「美代菜は死んだ! もうこの世にいないし、還ってくることなんて無い――!」

 そう口にした瞬間、青年の目から涙がこぼれる。

 やはり、自分のしようとした事は間違いだったのだ。

 美代菜の肉体はゆっくりと起き上がり、緩慢な動きで青年に手を伸ばしてきた――

 

 「だからお前は、美代菜なんかじゃないんだッ!」

 青年はナイフを構え、中腰で体ごと体当たりするように美代菜の屍に刃を突き刺した。

 痛覚なき肉体の前では、どれほどの効果も無い。

 だがその体当たりの勢いで、美代菜の体はベッドから転倒した。

 

 「ちょっと、なんて事を……!」

 「あんたは正しいよ、ネクリア…… 死者を還すなんて、やっぱり間違った行為だったんだ――!」

 青年はベッド脇にあった椅子を抱え、メインコンピューターらしき大型機械に投げつけた。

 機械からは火花が弾け、部屋の照明が激しく明滅する。

 「しまった! 制御装置を……!」

 ネクリアは機械に駆け寄ろうとした瞬間、コンソールが激しく火を噴いた。

 その火は積んであった書類や棚に並んでいた薬品に燃え移り、たちまち大きな炎となる。

 「くッ……! 非常システムは……」

 ネクリアは、火に包まれているコンソールを操作した。

 「作動しない、メインがやられたからか……消火は不可能ね!」

 そして、ネクリアは青年に向き直った。

 彼は、虚脱状態になって立ち竦んでいる。

 「あ、ああ……」

 「呆けてないで、とにかく逃げる事ね! 私は最低限必要な研究データを持ち出してから――」

 その瞬間、彼女の操作していたコンソールパネルが大きな爆発を起こした。

 凄まじい爆音と、紅蓮の炎。

 その研究所を揺るがすほどの衝撃を受けながら、青年は死を覚悟した。

 これでまた、美代菜と会える――

 

 

 「……」

 数秒後、床に倒れていた青年は目を開けた。

 「っく……!」

 彼はヨロめきながら立ち上がる。

 あちこちを打ち付けたようだが、大きな怪我はないようだ。

 あれほどの爆発で、なぜ――

 ――!?

 

 「これは、そんな……」

 青年の前には、焼け焦げた美代菜の屍が無残に転がっていた。

 おそらく、爆発による炎と爆風をモロに受けて――

 なぜ、彼女の屍がこんな場所に?

 ベッドの傍にいたはずなのに、いつの間にか青年と爆発したコンソールの間に割って入って……

 まさか、美代菜が――

 

 「う、うぅぅ……」

 燃え盛る床には、もう一人の人影が転がっていた。

 ネクリアだ。彼女はまだ息があるものの、助かりそうにない事は明白である。

 これで、大好きな死体の仲間入りだな――不謹慎にも、彼は一瞬そう思ってしまった。

 「ネクリア、俺が無事だったのは……」

 青年は、瀕死の彼女に語り掛けた。

 自分が無事だったのは、爆発の瞬間に美代菜がかばってくれたからではないのか?

 ネクリアに嘲笑されるのが分かっていても、青年はそう思いたかったのだ。

 しかしネクリアは青年の予想に反し、これまでに見た事がないほど真剣な瞳をしていた。

 「ええ…… 彼女がかばってくれたのね。あれは決して、魂無き屍じゃなかった……」

 ネクリアはか細い声で呟く。

 「やっぱり、そうなのか……」

 俺は、またしても間違っていた。

 あれは、美代菜の形をした化け物じゃなかった。

 思考能力が極端に低下していたものの、あれは確かに美代菜だったんだ。

 そして、爆発の瞬間に俺を――

 青年の目から、大粒の涙がこぼれた。

 「ようやく実験が成功したのに、こんな事になるなんて……」

 ネクリアは悔しげに呟く。

 「でも、そろそろ潮時だったのかもね。やっぱり、死者を蘇生させようなんて思うこと自体が間違ってたのよ。

  そんな事は当然分かってた。分かってたのに、止められなかった――」

 「ネクリア……」

 青年は、足元で横たわる女性を見据える。

 やはり、ネクリアも間違っていた事を自覚していたのだ。

 散々、自分で言っていたではないか。

 死者を生き返すという事の意味。そして、復活譚にハッピーエンドはないと。

 それでも、彼女が研究を続けていたのは――

 

 「あのドアからここを出なさい。メインコンピューターがイカれたから、全てのロックが外れているはず……

  まっすぐ進んで地下への階段を下りると、山のふもとの洞窟に続いているわ」

 「ああ、分かった……」

 青年は腰を上げた。

 ネクリアは、もう動くことすら出来ない。この火傷では、どちらにしても助からないだろう。

 美代菜は――彼女も、ここへ置いていこう。

 このまま、火の中へ消えていった方が彼女のためだ。

 死者は生者になどなれないのだから。

 死者は灰に。Dust to dust(塵は塵に)――

 

 青年はそのまま火の中を駆け、ネクリアが示したドアの中に飛び込む。

 さらに熱気が立ち込める廊下を走り抜け、地下への長い長い階段を駆け下りた。

 階を下るに連れ、立ち込めていた熱気が薄れていく。

 そして青年は、とうとう薄暗い洞窟の内部へ出た。

 ここが、ネクリアの言った山のふもとの洞窟なのだろう。

 この中を進めば、外に出られるはず――

 

 「――ここは?」

 青年は、その洞窟内に奇妙な空間を発見した。

 壁などが綺麗に整備された一角、そこにある巨大なガラスケースには沢山の花が手向けられている。

 それらの花はまだ瑞々しく、1〜2日以内に手向けられたものだ。

 そしてガラスケースの中には、一人の作り物のような男性が横たわっていた。

 端整な顔に穏やかな表情を浮かべ、手を胸の上で組んでいる。

 まるで、今にも起き上がりそうな――そんな、男性の死体だった。

 

 ネクリアは、研究の目的は学術上の探究心と頑なに言い張っていた。

 そして彼女は、青年を散々に嘲笑していたではないか。

 『――元来、死者は還らない』

 『――それを無理に成し遂げようとすれば、悲しい運命が待っている』

 『――自然の理を曲げようとした者への救いなど、この世界の何処にも無い』

 『――それはただの現実逃避。愛する者がいなくなった世界を受け入れられないだけ』

 『――死者を復活させたいというのは、単なるエゴ』

 『――動機が純粋だからって、結果まで純粋になるとは限らない』

 『――死者を復活させる話にハッピーエンドなんてない』

 『――復活譚はすべからくバッドストーリー』

 あれらの言葉は、青年に対して向けられたものだったのだろうか。

 ネクリアは、自らの行動の滑稽さや不遜さを十分に分かっていた。

 それでも彼女は、研究を止められなかったのだ。

 その行動は逃避に過ぎないと、はっきり自覚していながら――

 

 「ふぅ……」

 青年は軽く息をついた。

 これ以上、考えるのはやめよう。

 ネクリアは死んだ。

 研究所は焼け落ちた。

 もう、全ては終わったのだ。

 ネクリアが何を望んでいたかなんて、詮索しても仕方のない話だ。

 

 青年はそのまま、男性が安置されている場所を後にした。

 そして、薄暗い洞窟の中を進み始める。

 彼の屍も、このまま醜く朽ちていくだろう。

 だが、それこそが正しいのだ。

 死者は生者になどなれないのだから。

 死者は灰に。Dust to dust(塵は塵に)――

 

 

 「ようやく、出口か……」

 青年は、前方から太陽の光が差し込んでくるのを見定めた。

 そして、なんとなく背後を――来た道を振り返ってみる。

 当然ながら、美代菜の姿など無い。

 これがオルフェウスの逸話なら、たちまち恋人は冥界に連れ戻されるだろう――

 しかし青年は、冥界の王と契約などしていない。

 美代菜は死んだ、その現実を受け入れたのだ。

 もう、彼女を冥界から連れ出そうなどとは思うまい。

 

 「美代菜、これで良かったんだよな……」

 青年は洞窟から出て、太陽の光を浴びた。

 自分は、生きている。

 そして、これからも生きていかなければならない。

 いや、生きていこう。

 

 「――さよなら、美代菜」

 青年は温かい日差しを浴びながら、静かに呟いた。

 美代菜は死んだ。

 彼女といた日々の事を、決して忘れたりはしない。

 でも、美代菜は死んだのだ。

 その日々は、もう戻らない――

 

 ――それでも自分は生きていこう、青年はそう誓った。

 記憶の中の美代菜は、今も優しく微笑んでいる。

 

 

 



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